第21話 きみとご褒美。①



 72、75、65、80。

 

 採点済みの答案用紙を前に、光は満面の笑みだった。


「すごい」


 八月上旬。特別に行われた光の再テストの結果は見事にラインをクリアした。


 光の頑張りと学習の進捗状況を見てきた咲太郎は、きっと大丈夫だろうとは思っていたが予想以上の高得点に素直に称賛の声を上げる。


「頑張ったじゃん……! 数学なんて80点だし」


 光のテストが終わるのをいつもの図書館で待っていた咲太郎は、学校から直接図書館まで結果を知らせに来てくれた光を手放しで褒めた。


「へっへっへ……オレだってやればできるんだよね!」


 少し垂れ目気味な目を最大限まで緩ませて、得意気に光は胸を張った。

 やればできるならもっと早くにやればいいのに……と咲太郎は喉まで出かかったが、とりあえず今日は言わないでおく。



 テストが決まってからこの一月ほど。いつもは寝ている学校の休み時間を勉強にあて、忙しい光の仕事の合間を縫って図書館やオンラインで勉強に勤しんだ。

 仕事の量は減ったわけではないから、光は本当に大変だったと思う。今だって、実際目の下の隈が酷い。


ひろセンにも『よくやったな! 見直したぞ!』ってめっちゃ褒められてさ〜! 勉強で褒められたの小学生ぶりだよ」


 それでも、頑張った分の結果はちゃんとついてきたから、疲れは気にならないようだった。

「咲のおかげだよ、本当に有難う」と目を細める光に、キュウと縮む心臓を心地良く感じながら「ほんとにな」とちょっと意地悪く返す。


 ……咲太郎だって、もし光の成績が悪くて退学になったりなんかしたら困るのだ。

 だから光がテストをクリアできた事は、本当に嬉しいことだった。


「そんなあ……もうちょい褒めてくれてもいいんだよ?!」


 オレ、褒めて伸びるタイプだから! とのたまう光に、やれやれと思いながらも「じゃあ……」と咲太郎が口を開く。


「頑張ったご褒美に、……なんかお前のして欲しい事してやるよ」

「…………え」


 光が目をまんまるにして驚く。

 その顔が、到底二十歳の大人には見えなくて咲太郎は笑ってしまった。


「言っとくけど、滅茶苦茶お金のかかる事はなしな。俺ができる範囲で、だけど。何して欲しい?」


 そう言う咲太郎に光は「勉強も見てもらったし、いいよ」と言ったけれど「いつもの図々しさはどこに行ったんだよ」と笑われて、あーとかうーとか視線を彷徨わせた。


「なんかないわけ? ホラ、前も言ってたじゃん。なんか学生らしい事したいって」


 ボウリングにでも行く? そう提案されて、光は「あ」と思いついたことがあった。

「じゃあ……」と光が口にしたお願いに、今度は咲太郎が目を丸めることになった。



「オレ、咲太郎の家に遊びに行ってみたい」






「……ダメ……かな?」


 テストクリアのご褒美に、咲太郎の家に遊びに行きたいと言ったら咲太郎が黙ってしまったので、光は遠慮がちに聞き返した。


「いや……ダメ……ではないけど……え、なんで?」


 俺んち、マンションだから狭いし、なんも変わったもんないから面白くないよ、と眉を下げた咲太郎は嫌がっていると言うより困惑している様子だ。


「そんなの、ご褒美になんないじゃん」


 咲太郎はそう言ったが、光に「学校の友達の家に行ったことなくて……初めて行くのは咲の家がいいなあ、なんて」とその顔で言われてしまっては、最近ちょっと彼を見ると胸が騒がしいのを自覚している身としては断りづらい。


「……解った。いーよ」


 咲太郎が返事をすると、光はそれはそれは晴れやかな顔で笑う。それを見てちょっと可愛いと思ってしまう辺り、自分の脳ミソはやっぱりイカれてるなと思うのだった。




 ご褒美は決まったが、それを実行する日はなかなか決まらなかった。

 夏休みに入ったとは言え咲太郎は受験生だったし、光は学校が無い分朝から仕事が入っていて予定が合わず、これなら勉強会をしていた時の方がよっぽど顔を合わせていた。学校が無い事で、会う機会は格段に減ってしまった。


 しかも咲太郎は何か用がない限り光のメッセージアプリの通知を鳴らすことはない。


「……うう……咲が足らない」


 咲太郎は写真を撮られるのもあまり好きではないようで、まともな写真は一枚もない。自分もパシャパシャと教室なんかで撮った日には、他の生徒も「私もー!」となるのは目に見えているためできなかった。唯一あるのはクラスの集合写真のみ。


 スマホに保存した拡大された集合写真を見て心を慰める。休憩中に控え室でスマホを眺めていたら光のうしろを先輩が通った。


「お、ヒカルン。それ例の子?」


 光の背後からスマホを覗き込んだが、画面に写るぼやけた写真に首を傾げる。


「……なんか写り悪くない? もうちょいいいのないの?」


 先輩からスマホを隠すように胸にスマホを抱え、光は喚いた。


「勝手に見ないでくださいよ! これしか無いんですぅ!」


 集合写真を咲太郎の部分だけ拡大編集したと聞いて、先輩は「え、お前キッモ……」とドン引かれてしまった。


 勝手にスマホを見られて変態の疑いをかけられた二枚目俳優二階堂ヒカルは、世の中理不尽だと思いつつ、休憩が終わる前に咲太郎で充電しようともう一度スマホを開く。するとタイミングよく通知がポコと鳴った。


 初期のままのなんの飾りもない咲太郎のアイコンをタップする。そこには、


『こないだ無理って言ってた日の予定空いた。例のご褒美どう?』


 と簡潔に書かれていて、光は「っしゃあ!!」と叫んだ。



【つづく】


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