第19話 きみとテストと。④



 夏休みが始まってからも勉強会は変わらずに行われた。

 光は素地が悪いと言うよりも、基礎を学ぶべき時にきちんと学んでいない事が強く尾を引いているようで、基礎を教えてやれば意外にもするっと解ける問題も多かった。


 数学等は理屈や公式を覚えてしまえばなんとかなった。

 苦戦したのは英語で、英会話が出来るだけに光は自然に身についた感覚だけで喋っており、日本の学校教育特有のきちんとした文法の使い方や答えの正確さに悩まされた。

 英会話ができればそれでいい気がするが、テストでは模範解答でなければはねられてしまう。


「うう……日本語喋ってても、そんな正確じゃなくても通じるじゃん……」


 今まで英語で話して相手に伝わらなかったことはない。なのに何故テストではペケがつく。


「気持ちはわかるけど。テストに関しては文法の仕組みの話だから解答と違えばダメはダメなんだよな」


 英語だと思わずに、数学の公式だと思った方がお前はいいよと咲太郎はアドバイスをくれた。


 今日は仕事に行く前に図書館で勉強会に励んでいた。勉強は苦痛だが、夏休み中も咲太郎に会えると思えば役得だ。


「……そう言えば、咲ってなんで家で勉強しないの? 自分の部屋あるよね?」


 日本の夏は年々気温が上がり、特に都心は日本の中でも最高気温を連日叩き出している。図書館までは咲太郎の家から徒歩で十分ほどらしいが、家にいる方が楽ではないのだろうか。光の何気ない質問に、咲太郎はノートに書き込むペンの動きを止めた。


「深い意味はないけど。ウチ、マンションだからそんなに本も置けなくてさ。ここなら困った時すぐに参考書籍探しに行けるし、涼しいし。それにーー」


 光の方を見てにやっといたずらっぽく笑う。


「ここで勉強してると、なんか俺って格好いいかもって気持ちになってこない?」


 咲太郎の珍しく俗物的でおちゃめな回答に光は「確かに!」と吹き出した。


 くすくすと笑い合っていると咲太郎のスマホがポコリと音を立てる。メッセージを開くとそれは紺野からだった。


『お前らまだ例の図書館?』


 うん、と返すと程なくして、「お、いたいた!」と部活動帰りの紺野がやってきた。

 紺野は三年だが、都大会で勝ち進んだ為未だ現役だ。


「部活の帰りに近く通ったからさー。そういやお前らが勉強してんのここじゃね? と思って」


 冷やかしに来ただけなんだけど、と笑って「やる〜」と二人に塩分タブレットをくれた。甘酸っぱいレモン味のタブレットを三人で口に放り込みながら談笑する。


「さっきさー、街ビルの広告で面白いの見つけたんよ」


 そう言って紺野はスマホを見せてくれた。

 そこには、ショッピングビルの壁面にデカデカと貼られた二階堂ヒカルの広告写真。


 大手化粧品会社の広告らしく、紺地のバックにバッチリと決めたスーツ姿の光がカメラ目線で収まっている。

 その姿は、今眼の前にいる光とは全く雰囲気の違う、芸能人二階堂ヒカルだった。


「うわっ……」


 恥ずっ……と光は顔を押さえて呻く。

 写真は滅茶苦茶笑顔の紺野が広告を指さしながら自撮りで写っていて、「お前がめっちゃスカしてるーって思ったら面白すぎてさ、思わずツーショットしちゃった♪」と茶化す。

「消してよっ」と憤る光をよそに、咲太郎はまじまじと写真を覗き込んだ。


(……光って、本当に芸能人なんだ)


 咲太郎は普段全然テレビを観ない。もちろんドラマも観ないので、実際に光がドラマに出て動いている所を観たことがなかった。

 ファッション雑誌も見ないから、光が仕事をしている所を感じることが実際はあまりなかったのだ。


 咲太郎の前ではいつも泣き言を言っているか、名前みたいな陽の光のように笑っているイメージで。

 広告に写っていたのは、いつもとは真逆のクールな顔。


「……」


 その違いに、驚きとなんとも言えない感情が胸をノックした。


『咲』


 咲太郎を見て、嬉しそうに笑ういつもの光が急に脳裏に浮かぶ。

 名前を呼んで、年上のくせに甘えるように好意を寄せてくれる光。


 もしかして、これって凄いことなのでは?


「咲?」


 目の前の現実の光が、不思議そうに咲太郎を見た。


「……っ!」


 心臓が、馬鹿みたいに音をたてた。



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