第18話 きみとテストと。③



 進級のためのテストまではあと一月ほど。

 学校に来れた日は朝の時間と昼休みを学習時間に当て、帰宅してからは時間が合えばオンラインで勉強会をすることになった。


 仕事を終えてシャワーを浴び、時計を見れば九時五十五分。こんな時間に連絡するのは気が引けるが、「九時から十二時の間は確実に起きてるからメッセージしてもいいぞ」と言われているので恐る恐るスマホの画面をタップする。


『帰ってきたー。オンラインしてもいい?』と文字を打つと、すぐに既読がついて短く『お疲れ。いいよ』と返ってくる。

 文面の短さに咲太郎みを感じてなんだか笑ってしまった。そのままビデオ通話のマークをタップした。


 程なくして繋がった画面に少しの緊張を感じながら「お疲れー、ごめんね勉強中に」と話しかける。向こうからも光の手元が見やすいようにスマホの位置を調整し、ノートとテキストを並べた。咲太郎はすでに入浴を済ませたのかラフなTシャツ姿でいつもはかけていない黒縁の眼鏡をかけている。


「わ。咲、眼鏡するんだ」


 なんか新鮮だねと言うと『もう風呂に入ったから。本当はこっちの方が楽で』とカメラの方を向くことなく答える。


 カメラ越しに見えた咲太郎の部屋は落ち着いたグレーの壁紙で、ダークブラウンのシステムベットがちらりと見えた。机に置かれたマグカップからはほのかに湯気が立っている。

 うつむき加減の咲太郎の顔をじっと飽きもせず眺めていたら、咲太郎がぱっとカメラを向いた。


『オイ。勉強しろよ』


 カメラ越しでも視線がウザいな。と睨まれた。

 スマホの四角い画面に映るのは切り取られた咲太郎だけで、なんだか妙なありがたみを感じてしまう。


(……これがもしかして推し活ってやつ??)


 自分のファンの女の子も、こんな風に自分を見ているのだろうか。

 雑誌の撮影なんかで、自宅デート風とかなんとか、謎のテーマで写真を撮らされることがあるのだが、なるほど、これはいいかもしれない。

 しかもこれはガチのプライベートだ。いや、こっちが芸能人なのだけれど。

 光は「ごめんごめん」と謝って、間違いだらけのテストの答案用紙を開いて復習を始めた。



 咲太郎は本当に頭が良くて、「何が解らないのかが解らない」と言う光に、解けなかった問題の基礎となる問題を提示してまずそれが解けるかを尋ねた。基礎の解説をまずやり、光が理解できたところで間違えた問題との関連性を教えてくれる。


『このテストの問題は難しそうに書いてあるけど、結局は基礎の問題を二つつなげただけのもんだから、解っちまえば解けるよ。ほら、やってみろよ』


 促されて再び解いた問題は驚くことにすんなりと理解できた。


「う……わぁ! 凄い! 解けた!」


 数学はすでに数字を見るだけで嫌になっていたが、するりと解けた自分の脳みそに感激する。次の問題も文章が違うだけで同じ内容だったのでトントンと解けてしまった。

 一問一問解けるごとに「解けた!」「凄い!」と声を上げる光にスマホの向こう側で咲太郎が吹き出した。


『ははっ……お前、小学生かよ』


 眉を下げて笑う咲太郎に光るの胸がきゅうっとなる。あんなに嫌だった勉強が、こんなにも幸せな時間になるなんて、光は思っても見なかった。


「咲は教えるのすごく上手だなぁ。オレ、今までこんなに理解できたこと無いよ。将来は教師とか向いてるんじゃない?」


 光がそう言うと咲太郎は微妙な顔をした。


『教師はちょっと……。勉強はすきだけどあんまり学校は好きじゃないから』

「はは、オレと逆だ。オレは学校は別に嫌いじゃないけど勉強が好きじゃない」


『知ってる』とまた咲太郎に笑われた。


「咲はじゃあ何がやりたいの?」


 そう言えば大学、どこに行きたいんだっけ、と聞くと逡巡の後におずおずと答えた。


『家から通える……法学部のある大学に行こうと思って。……その、弁護士、とか』


「べんごし」


 思っても見ない返答に光はあんぐりと口を開けた。


『変……かな』


 急に小さくなった声にはっとする。


「変じゃない変じゃない! ビックリしただけ。……でも弁護士ってすごく難しいんだよね?」


 咲太郎の実力ならば大丈夫な気もするが、まさか弁護士になりたいとは思ってもみなかった。


『俺、勉強するくらいしか能が無いし……何ができるんだろうってずっと思ってて……入れた知識何に使えるかなって。……それで、誰かの役に立つならいいかなって』


 咲太郎の勉強ができるくらい、はでは無いと思うが、あまり人に興味がない様に見えて、自分の能力を人に使おうとしている所に咲太郎の本質がよく現れている。

 彼は過去につらい目にあったのに、光に手を差し出したようにこれからも人を助けようとしていくに違いない。


(妬けちゃうなぁ……)


 咲太郎の差し伸べた手に救われる見知らぬ誰かを想像して、光は面白くない気持ちと、じんわりと広がる温かい真逆の感情を胸に、


「素敵な夢だね」


 と笑った。



【つづく】


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