第16話 きみとテストと。①



 七時五十分、3−Aの教室のドアを開けるとそこには彼がいた。


「おはよう! 咲」


 夏の気配を漂わせた朝の日が、光の髪を照らしてきらめいている。光を浴びて微笑むお茶の間の人気者は、今日もすこぶる顔面が良い。


「……はよ。今日も来れたんだ」


 昨日、ちょっとした行き違いから光と言い合いになってしまった咲太郎は、少し気恥ずかしさを残しつつもなるべく平常心を装って挨拶を返した。


 咲太郎とは違い、光はいつもの通りニコニコとしながら咲太郎に答える。


「今日面談じゃん? 絶対来いって担任に念を押されてたからさあ。仕事も二十一時からだったから」


 一日いられそう〜と嬉しそうな顔をした。


「二十一時から仕事って……何時まで?」


 ディパックから教科書を取り出しながら聞く。


「え? まあ上手く撮影が進んだらの話だけど、予定は二十一時からニ時。夜空の下の公園の撮影だからさ」


 光のスケジュールに咲太郎が僅かに眉をしかめる。


「お前、昨日もあの後仕事だったんだろ? ……昨日寝られた?」


 そう言って光の長めの前髪を指で持ち上げる。光の目の下には薄っすらとクマができていて、咲太郎の瞳が心配そうに細められた。


「ぅあ。

 ……へ、平気。昨日は12時までには全部終わったからさ、ちゃんと寝られたよ」


 なんだか光の返答のキレが些か悪い。顔も少し紅潮している気がして咲太郎はそのままペタリと光の額に手を当てた。


「お前顔赤くない? 熱とかじゃねーよな?」


 心配する咲太郎の右手を、光はそっとおろして「大丈夫……ちょっと暑かっただけだから!」と窓を開けに席を立つ。

 開けた窓からは朝の爽やかな空気がさあっと入ってきて、確かに気持ちが良かった。



「おはよー」


 そのうち紺野が登校して来て、「二人とも仲直り出来たん?」と二人を見て笑う。

 咲太郎は紺野にまで自分の様子がおかしかった事がバレていたとは思わずに顔を染めたが、「良かったなー」と笑う紺野に「ん、有難う」とはにかんで答えた。


 咲太郎と紺野の様子をぼーっと眺めていた光に紺野が気付く。


「……一ノ瀬」

「え? あ、なに?」


 我に返り慌てて返事をする。


「……いや、なんでもね」

「??」


 あからさまに咲太郎を見すぎじゃね? と突っ込もうかと思ったが、段々二人の保護者気分になってきている紺野は波風を立てることもないか、とそのまま放置した。




 定期考査も終わり、一学期も後残す所わずか。

 向陽台高校では学期事に担任との面談がある。咲太郎達は受験生の為、進路の相談等もする割と重要な面談だ。


 ただ、光は目標が『卒業』の為、他の生徒よりも幾分か気楽な気持ちで面談の順番を待っていた。



 ――が。



「え? ……先生なんて?」


 向かい合って座る担任の廣瀬に思わず聞き返す。


 廣瀬はさっきと同じ内容をもう一度言った。


「いや、だからな? 今回は奇跡的に全教科赤点をギリギリ免れたわけだが。……一ノ瀬、根本的に点数足りてないのよ、出席日数も」


 中間、期末と、光の成績は咲太郎のサポートもありギリギリラインを上回った。今年は卒業したいと思っている為、出席日数もまだアウトラインには程遠いはずだ。困惑する光に廣瀬は苦笑いした。


「出席日数もまだ大丈夫だけどな、あと二学期あるわけだからこれからギリギリになるのは目に見えてるでしょうが。成績も、卒業するだけなら赤点とらなきゃどうにかなるだろうが、向陽台うちは一応進学校なんだわ」


 いくら校風が自由とは言え高校は単位をとらなくては進級できないし、向陽台は私立なので独自の規定もある。高校に入る時は流石に光も頑張って勉強して、入った時点では成績は悪くなかった。


 向陽台のシステムは少し変わっていて、成績順やコース事にクラス編成が別れたりしない。二年次からは共通授業以外は各々選択して分かれて授業に取り組むのだ。よって、成績優秀者の咲太郎と万年落ちこぼれの光が同じクラスと言う現象が起きる。ちなみに咲太郎は同じクラスながら『特進コース』、紺野は『スポーツコース』、光は『一般コース』だ。


「……今回は赤点じゃなかったけどな、総合的にお前は点数が足らん。このままじゃ卒業も怪しいから救済措置だ」


 八月頭に四教科の再テストをやる。それで合計240点以上とらないと卒業は怪しいと思え。


 廣瀬の死刑宣告に、光は絶望的な顔をした。


「お前ね、その顔でそう言う表情やめなさいよ。……気づいてないみたいだから言うけど、向陽台ウチの進級規則知ってる?」


 一年時から何かと世話になっている廣瀬はヤレヤレと眉を下げた。情けなく「へ?」と返すと、廣瀬は頭をかく。


「ウチの留年していい回数はまでなの。お前、ここで頑張らないと後ないのよ?」


 気張りなさいよ、と残酷にも優しく面談の終了を告げた。

 


【つづく】


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