第15話 きみの好きな人。③



 咲太郎と話をする! と息巻いた光であったが、休み時間はことごとく逃げられ、昼食時はいつも通り紺野と三人でとったものの、気を回して色々話しかけてくれた紺野の話には返事をしても、光の話にはスルーだった。そして早々に昼食を食べ終えると、「あの、咲……」と声をかけた光を遮って「ごめん、ちょっと用事があるから」と教室から出ていってしまった。


 ここまで頑なな態度をとられると、一周回って光は俄然やる気になる。


 まだ昼休み中なので校内にいる事は確かだ。そうすると咲太郎のいる所などたかが知れている。

 光は迷うこと無く図書室へ向かった。そして奥へ奥へと進み、あまり人のこない辞典やら専門書の置いてある一角で光はお目当ての人物を見つけた。


「咲!」


 咲太郎は一瞬ギョッとした表情をしたが、すぐに目線を持っていた本に移した。


「……なに?」


 取り付く島もない態度だったが、完全に無視する気はないらしい。

光は怯まずに咲太郎の正面にまわった。光の諦めの悪さは兄弟のお墨付きだ。


「なに? じゃないよね? 

 どうしたんだよ、今日の咲変だよ?」


 何かオレに言いたいことがあるなら、ちゃんと言って。と咲太郎に問うと、咲太郎の目が一瞬揺れた。


「……何か言いたいことあるんだろ? オレ、何か咲に悪いことした?」


 自分に非があるのかと問うと、咲太郎は弾かれたように否定した。


「違う! ……そうじゃない。ごめん、俺が悪いんだ」


 そう言って俯いた咲太郎に、業を煮やした光は両手で咲太郎の顔を掴んだ。


「……?! なにす――」


 抗議の声を上げると、珍しく怒っている光の顔にぶつかる。


「ひか……」

「どうしてそこで止めるの?!」


 光の両手で挟まれている状態の咲太郎はその手をどかそうと手に力を入れるが、光の力は意外と強くびくともしない。

 離せ、と目で訴えると逆に睨み返された。


「オレに何も言わないって言うなら、咲太郎だって言わないよね? 言いたいことを。じゃあ逆に聞くけどさ、なんでちゃんと聞かないわけ?!」


 その強い瞳に気圧される。


「……き、聞かれたら嫌な事だってあるだろ?」


 なんとか搾り出した声に、光は言い返した。


「聞かなきゃわかんないじゃないか! そんなこと」


 光の言葉に、咲太郎の手から力が抜けた。

 それと同時に光も咲太郎の顔から手を話す。


「咲。聞かれて嫌か、嫌じゃないか、判断するのはオレ自身だよ。咲じゃない。

 聞かれて、話したくなかったら話さない」


 咲太郎が恐る恐る尋ねる。


「……聞いても、いいのか……?」


 やっとそう言った咲太郎に、光は馬鹿だなあと表情を緩めた。


「当たり前だろ? オレ達……友だちじゃん」



 一気に、全身の力が抜けた。



「……聞いたら、嫌な気持ちにさせると思って……」


 光は眉を下げた。


「咲太郎は考え過ぎだよ。時々自分勝手な時があったっていいんじゃない?」

「……光みたいに?」


「ちょっと?!」と憤る光の顔を見て、やっと咲太郎の表情が緩んだ。その顔を見て光も顔を和ませると咲太郎の手をとった。咲太郎はその手のぬくもりにドキリとする。


「咲が何をそんなに悩んでるのかはわからないけどさ。オレ咲に隠し事はしてない。言わない事は隠してるんじゃなくて、咲に言うほど大したことじゃないからだよ。――でも、気になるなら聞いてよ。聞いてもよいかってさ」


 ちくん、とかすかな痛みが咲太郎の心を刺す。

 やっぱり光の考え方は大人で、馬鹿みたいに喚いた自分は子どもだ。


 痛みと安心感と、両方を与える光に、咲太郎は複雑な笑みをこぼした。


 それでも、これ以上光を失望させたくはない。

 咲太郎は、やっと昨日の出来事を見てしまったことを口にした。


「お前……さ、昨日、下の運動公園で……」


 言った瞬間、光があっ! と大きな声を上げた。それがあまりにも大きかったので咲太郎はびっくりして続きを言うのをやめる。そのうち、光の顔が驚愕から大爆笑に変わった。


「ちょ……! おいっ! ここ図書室……」


 我に返って光を諌めるが笑いの発作は止まらない。咲太郎はヒヤヒヤしたが、幸い図書室の奥だったこともあり、咎める者は誰もいなかった。


「馬鹿! なんで笑うんだよ!」


 小声で光に怒ると、彼はまだ笑いが収まらないまま涙目で咲太郎を見た。


「だ、だって咲。昨日公園を通る時、近道しようとしたんでしょ」


 思っても見ないことを言い当てられて咲太郎はギクリとした。


「な、なんで……」


 わけがわからず問い返すと、光は苦笑しながら続けた。


「昨日はあの公園、使だったんだ。入口には各所に看板が立ってたはずだよ」


 なんで……と再び問おうとして、咲太郎はやっとひとつの考えに行き着いた。


「ま、まさか……」


 顔に血が集まる。


「そ。そのまさか。ロケ中だったんだよね、ドラマの♪」


 オレの迫真の演技を見ちゃったわけだ、とケラケラ笑う光に、咲太郎は持っていた本を落として、その場にがっくりとしゃがみ込んだ。


「死にたい……。俺、そんな事で悩んでたのか」


 穴があったら埋まりたいし、今すぐここの窓から飛び降りたい衝動に駆られた。


「だから、咲太郎は考えすぎなんだってば」


 しゃがみ込んだ咲太郎の手をぐいっと引いて立ち上がらせる。光は落ちた本を拾ってハイっと咲太郎に手渡した。


 咲太郎の心境とは裏腹に、光の背に見える窓の空は限りなく青くて、咲太郎は力なくため息を見ついた。




 放課後、珍しく下校まで一緒だった光が面白そうに言う。


「マジで修羅場だと思った?」


 自分の早とちりが原因で騒動を起こした咲太郎は顔を赤くする。


「……悪かったって。

 ……でも、演技だなんて、思いもしなかった」


 お前、凄いな。


 咲太郎の言葉に光は嬉しそうに笑う。


「……役者冥利につきるよ。嬉しい。

 ……でもさ、オレ、好きな人はいるよ」


 驚いて光を見ると柔らかく笑う光と目が合う。

 喉が、ひりついた。


 誰だよと、聞けばいいのに何故か聞きたくない。

 何故こんな風に思うのかはよく解らないけれど。


 昇降口を軽快に降りた光は咲太郎の方に向き直ると小さく息を吸った。


「……そのうち、聞いて欲しい。オレの好きな人の事。咲太郎には、聞いて欲しいんだ」


 胸が、何故かチリチリと痛む。

 けれど、咲太郎には、と言ってくれた光の言葉が確かに嬉しくて、咲太郎は「うん」と答えた。


 耳に、飛行音が遠く聞こえてくる。

 空には、白い軌跡が。


 二人は空を見上げた。青い空に引かれた、真っ白なラインを。


「そろそろ夏だねえ〜!」


 その白さに、咲太郎は唇の端を持ち上げた。



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