第12話 恋ときみ。

 図書館での一件後、冷めた珈琲を二人で飲んで、駅でじゃあまた、と咲太郎と別れた。

 家まで送る、と光は言ったのだけど、咲太郎はもういつもの彼に戻っていて「ヘーキ。って言うかキモい」と冗談めかして笑った。


 あんまり言われるのも嫌かと思って、じゃあと別れたけれど、昨晩は何度も彼の涙がチラついてモヤモヤとしたものが胸の中をずっと蠢いていた。


 よりによって今日は朝からドラマの撮影で、学校には行っていない。

 撮影スタジオの控室でもう何度目になるかわからないため息を光はついた。


「おはようございまーす……ってヒカル、湿気た顔してんねえ?」


 控室に入ってきた仲の良い先輩俳優が光を茶化したけれど、光にはそれに返すようないつもの元気はなかった。


「なになに? 珍しいじゃん? あ、恋の悩み?」


 お兄さんに話してみ、と軽い調子で聞かれる。

 彼はいつも面倒見の良い先輩なのだが、とかく色恋沙汰の話には茶化してくる傾向にあるので話したくない。いや、そもそも色恋沙汰の話ではないのだが。

 ただ、光一人の胸に抱えておくことも今はなんだか出来そうになかった。


「……そういうのじゃなくて。……友達なんですけど、凄く悩んでて……オレ、こういう仕事だから、いつも一緒にはいられないじゃないですか。……どうやったら、その子の力になれるかなって……」


 わりと深刻な様子の光に、おりょ、と先輩は光の前の椅子に腰掛ける。


「……学校の子?」


 光はやや間を開けて「ハイ」と答えた。


「その子は何をそんなに悩んでるの?」

「……悩んでるって言うか……詳しい事は言えないですけど、他の友だちと上手くいってないみたいで……あんまり学校で一人にしたくないって言うか」


 今日どうしてるかな、とか、また一人で泣いてないかな、とか色々考えたらなんか夜も寝れなくなっちゃって……とこぼす光に、先輩は事もあろうに吹き出した。


 光は酷い! という顔をする。


「オレ、真剣なんですけど?!」


 先輩はごめんごめんと謝ると、馬鹿にしたわけじゃあないのよ? と笑った。


「いや、だってヒカル、やっぱりその子の事めっちゃ好きなんじゃん、と思って」

「だから……」


 そういうのじゃないです、と言ったけれど先輩は「でもさ」と指折り数えだした。


「ヒカルさ、その子のこと寝れなくなっちゃうくらい考えちゃうんだろ? たまに胸、掴まれてるみたいに苦しくなんない? あ、なるね? ……んで、その子が笑うと嬉しくならん?」


 ポンポンと先輩の口から出てくる項目が全て図星で、光は言葉を失う。けれど、光には一番に反論したい事があった。


「いや、でも……だって、その友だち男だし……」


 形の良い眉を下げた光に、先輩は再びおよ、という顔をした。


「……まあ、イマドキ恋愛の形は自由じゃねーの?」


 芸能界ここじゃそういうのも珍しくないし。と先輩はなんでもないことのように言う。


「いや、だからそういうのじゃ……」


 なおも否定する光に先輩は「じゃあ最後の質問」と言った。


「お前がいない時、その子のとなりに誰か別の奴が居ること想像してみ」

「は……」


 そう言われて反応した光に、先輩は腹を抱えて大笑いした。


「お、お前……わかりやす……。もう答え出てんじゃん」


 化粧台の鏡に写る自分の顔を見て愕然とする。


 そこには、いもしない誰かに嫉妬した不機嫌丸出しの男の顔。


 光は口元を手で覆うと、呆然と「嘘だろ……」と呟いた。


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