第10話 きみと図書室。③
咲太郎の行きつけの図書館は駅から程近いところにあった。市立の図書館だが、レンガ造りの建物をリノベーションし最近は館内にカフェも併設されている。咲太郎は時間があるときはここで課題や勉強をしているらしい。蔵書も多いが、本棚の所々にワークスペースが設けられており学習にも最適なのだ。
幼児期以来殆ど図書館に来ることのなかった光は物珍しくて周りをきょろきょろと観察しながら咲太郎の後に続く。
「光、こっち」
咲太郎がちょいちょいと手招きしたのは図書館の少し奥まったところにある窓側のワークコーナー。
本棚と本棚に挟まれたその席はデスクの前に窓があって二人分の椅子がおいてある。咲太郎は慣れた様子で腰を下ろすとカバンからテキストを取り出した。
「いつもは一人用の所に座るんだけど」
ここの図書館は色々な所にデスクが設けられており、一人用、二人用、ソファ席、広めのテーブルなど、各々がゆっくりと本を読めるような配慮がされている。しかもWi-Fiも利いているのだそうで、ネット環境も良い。
光も咲太郎に習って自分のワークを広げたが、課題に取り組む咲太郎の横顔を見ているだけでなんだか嬉しくなってしまい、ニコニコと咲太郎の顔を眺めた。
「……なんか視線がウザいんだけど」
早くワークやれよ、と光の顔をぐいと押す。わかんないところは教えてやるからと咲太郎に言われて、光は咲太郎に教えてもらおうとちゃんとワークに向き合い始めた。
小一時間ほどお互いの課題に向き合うと、二人とも思っていたところまで予定通り進めることができた。軽く腕を伸ばしてコリをほぐす。
「終わったぁ……! 凄い、俺こんなに早く課題終わるの初めてかも」
いつも必ずどっかでつまずいちゃってて……とこぼす光に咲太郎は「まあ、解らないと思った時に聞いて理解するのが一番の近道だよな」と言って、解りやすく解説してくれる動画のチャンネルなんかを教えてくれた。咲太郎は自分の課題をこなしつつ、光の質問にも解りやすく答えてくれて、光からすればもはや凄いとしか言いようがない。
時計を見ると四時十五分。ちょっと小腹が空く頃だ。
咲太郎はテキストやワークをトントンと揃えて鞄にしまうと、
「ちょっとそこのカフェでお茶でもしてく?」
と光を誘った。もちろん光に断る理由など無い。「行く行く!」と大型犬のように尻尾を振って咲太郎の後をついて行った。
ここの図書館のカフェは入口のすぐ横に併設されている。カフェで飲み物を買って図書コーナーの方には行けないが、借りた本を持ってカフェで読むことは可能だ。
咲太郎は数冊本を受付で借りると、エントランスを通って光とカフェに移動しようとした。
「――あれ? 成宮?」
入口から入って来た男子高校生に声をかけられる。
咲太郎は声をかけてきた男子学生の顔を見ると一瞬動きを止め、スッと表情を無くした。
学校帰りなのだろうか、男子学生の着ている制服は確か――私立名門校の海成学園のものだ。
久しぶりじゃん、と気さくに声をかけてくる男子学生の態度とは真逆の態度で、咲太郎は表情を硬くしてうん、と小さく相づちを打った。
「成宮、高校どこに行ったんだっけ? 高等部に行ったらいなかったからびっくりしたわ」
学年一の秀才の快進撃が高等部でもみられると思ったのになァ、と咲太郎を持ち上げるが、やけに粘着質なその言い方に光は何故か不快感を覚えた。
「で、どこに行ってんの?」
別に隠すこともないので、咲太郎は小さく「向陽台高校」と答えた。
だが男子学生はことさら大きな声をだした。
「向陽台! 海成でトップを走ってた成宮が向陽台かあ〜! レベルを落としたら物足りないんじゃないのォ?」
あ、それとも何? もう大学進学は適当な感じ?
小馬鹿にした物言いに、光がカチンときた。
「咲、もう行こ!」
ぐいっと咲太郎の手を掴んで咲太郎と男子学生の間に立つ。
光は軽く男子学生を睨むと、
「オレは咲がいてくれるから毎日楽しいし、気にすることなんてない!」
そう吐き捨てると、唖然とする男子学生を置いて咲太郎をカフェに引っ張っていった。
【つづく】
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