第9話 きみと図書室。②



 地下鉄の改札口から少し離れた柱の前でポケットからスマートフォンを取り出す。


 ホーム画面には、真新しい黒猫のアイコンの表示。

 タップすると『今電車に乗った!』の一言が書かれていて咲太郎はくすりと笑った。


 バックボタンで一つ前の画面に戻る。通信アプリのアドレス欄には、家族と先日アドレス交換した紺野、そしてさっき教えてもらったばかりの光のアドレスだけが並ぶ。


 光のアイコンは金目の黒猫で、聞けば実家で飼っている猫なのだという。

 元々登録者の少ないアドレス欄に光がいることに、不思議さと、むず痒いような気持ちがせり上がってきて、咲太郎は緩む口元を手の甲で押さえた。


『もうすぐ着く!』のメッセージがピロンと表示される。駅のアナウンスも電車の到着を告げた。

 改札口から彼が走ってくるのももう少しだろう。


 咲太郎は緩む口元をごしごしとやった。


 さて、何故二人が駅で待ち合わせる事になったのか。話は数時間前に遡る――





「咲! 放課後、遊びに行こう!!」


 目を輝かせながら興奮して言う光に面食らいながら、とりあえず声のトーンを落とせと光を元の席に座らせる。


 一体何事。


 咲太郎の困惑具合に気がついたのか、光も声を潜めると咲太郎に顔を近づけた。


「今日、学校短縮授業で五限までじゃん? その後に取材の仕事が入ってたんだけど……急にキャンセルになったって今マネージャーから連絡が来て。

 今日の仕事はそれだけだったから午後から仕事は実質オフ! 学校も早く終わるし、遊びに行こうよ!」


 俺、学校帰りに友達と遊びに行くとかしたこと無いからやってみたくて! とウキウキと言われてしまえば断りづらい。


「え……でも、お前普通に遊びに行ってもいいわけ?」


 巷では人気俳優の二階堂ヒカルが普通に街に遊びに行くなど大丈夫なのだろうか。

 光は、やだなァと苦笑いした。


「俺だって普通に買い物くらい行くよ? 流石にこの年で制服のまま行くのは恥ずかしいから着替えに帰るけど……。咲が嫌じゃなかったら一緒に出かけたい」


 今日は短縮の五限で授業が終わるから、二時には授業も終わる。そこから急いで帰宅して着替えれば、三時には合流できるだろう。


「い、いい……けど。俺、この課題終わらせたくて……今日放課後図書館に行く予定だったんだよな」


 先、図書館に行ってもいいなら。そう咲太郎が言うと、


「図書館! いいね! 図書館ならあんまり人もいなさそうだし。放課後に図書館に行くとか学生っぽい」


 俺も課題持っていってもいい? と嬉しそうにする光に咲太郎は思わず頬を緩めた。


「わかった、いーよ」


 咲太郎のよく行く図書館はカフェも併設されているから、課題が終わったらそこで休憩してもいいかもしれない。

 柔らかく笑う咲太郎に、光も目を細めると持っていたスマホを差し出した。


「一回家に帰るからさ、駅で待ち合わせしよう。連絡先聞いてもいい?」


 軽く光にそう言われて咲太郎が固まる。


「……え、お前の連絡先……俺、聞いてもいいの?」


 遠慮がちにそう言う咲太郎に、光はますます咲太郎の人柄に胸を打たれる。

 彼は、自分の連絡先を知ることで、光に迷惑がかからないかを心配しているのだ。


「……大丈夫。別に連絡先を交換することを事務所に禁止されてるわけじゃないんだ。完全なプライベートだし、そもそももう年齢的には成人してるしさ。

 もちろん誰にでも教えるわけじゃないよ。でも、咲とは繋がっていたいし」


 他の人に教えたりしなければ全然大丈夫。咲こそ連絡先聞いても大丈夫? と聞かれて咲太郎は自分のスマホを取り出した。





 通信用のアプリの通知にはあまりいい思い出がなくて、高校に進学したのをきっかけに家族以外の連絡先は消した。

 まさか、通知が来て嬉しく思う日が来るとは思わなかった。ポケットにしまったスマホの角を指先で意味もなく撫でる。


「咲!」


 改札からパラパラと人が流れてきて、その中から手を上げて光が駆け寄ってくる。

 光は黒のキャップを目深に被り、マスクをしてオーバーサイズのベージュのフード付きTシャツにシンプルなブラックジーンズというシンプルな出で立ちだったが、他の利用客の中でもすぐに解った。


(足、なっが……)


 制服姿の彼しか見たことがなかったが、学校では座っているか寝ているかの事が多いので私服になるとより彼のスタイルの良さが際立つ。特に派手というような服装ではないのに、咲太郎には光の周りが光って見えた。


「おまたせ。……咲の私服ってそういう感じなんだ」


 可愛いーと笑う。咲太郎の服はシンプルな白Tにチノパン、ブルーグレーのカーディガンを羽織っただけなので光が何を褒めているのかがよく解らない。


「男に可愛いって言われてもな。複雑すぎる」


 少々眉を寄せて抗議したが光は始終楽しそうだった。



【つづく】


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