第8話 きみと図書室。①
窓から差し込んだ光が、机と背中を照らしてポカポカと温かく眠気を誘ってくる。それが昼食のあとの静かな図書室ならなおさらだ。
光はあくびを噛み殺した。
「……寝てていいぞ」
テキストから顔を上げずに、前に座る咲太郎が言う。
図書室の自習コーナーには咲太郎と光の二人しかおらず、室内には咲太郎がペンを走らせる音だけが響いていた。
「……俺がいない時っていつもこんな感じなの?」
「ん? ……まあ、大体」
昼食後、いつもは教室で光や紺野と喋っている事が多い咲太郎だが、今日は昼を食べたら早々に立ち上がったので理由を聞いたところ、今日中に終わらせたい課題があるから図書室に行くという。珍しい事もあるんだなと思ったら、光が来ない日はいつも図書室に行っていると言われた。
興味本位でついてきたが、図書室奥の自習コーナーで咲太郎はずっと真面目にテキストと向き合っている。
「……勉強、楽しい?」
光の問いに、咲太郎は顔を上げた。
「……楽しいって言うか……将来の為に必要だろうなって、思うから」
まあ、嫌いじゃないけど。と付け加える。
そう言ってまたテキストに視線を落とした。
(咲太郎って……意外とまつ毛長い――)
取り留めのない事を思いながら光は課題をこなす咲太郎を見つめた。
咲太郎は光にはわりとはっきりと物事をいうけれど、クラスの中にいる時は物静かだ。授業で当てられたり喋る機会があれば喋るが、それ以外では殆ど喋らない。
光と話している時はちょっと毒舌めいた冗談も言うし、ポンポンと言葉が出てくるのは頭のいい証拠だなと思う。決して話し下手では無さそうなのだが、クラスの中では目立つ存在ではないようだ。
見た目も派手とは言えないが、どちらかと言えば日本美人の、色白ですっきりとした顔立ちをしている。口はキュッと小さくて、唇は口紅でもひいてるのかと思うくらい赤いし――凝視していたら不意に咲太郎がパッと顔を上げた。
「――なに?」
黒水晶みたいに澄んだ綺麗な黒い目を向けられて、光はドキリとした。
「あ、ぅ……い、いやなんでもない……」
何故か急に耳の奥でドクドクと音がなっている。顔が熱い。
(な、なんで俺、こんなに動揺してんの)
落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせる。ふーっと深呼吸をしたところで、机の上に置いていた光のスマホが震えた。困惑顔の咲太郎に、光は動揺を誤魔化すようにスマホを持ち上げた。
画面に出ている通信アプリのアイコンをタップする。
「――お前、顔赤いけど、まさか熱――」
「―――っ! やった!!」
「!?」
急に大きな声を出して立ち上がった光にびっくりする。
「お、おい、ここ図書室――」
しぃっと指を口に当てて小声で諌める咲太郎を無視して、光は満面の笑みで咲太郎にスマホの画面を見せた。
「――オフ! 今日の仕事キャンセルだって! 午後からオフになった!」
嬉嬉とした様子で一気にテンションが上がった光に面食らう。
光はガシッと咲太郎の肩を掴むと、それはそれは眩しい笑顔で言った。
「咲! 放課後、遊びに行こう!!」
【つづく】
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