第7話 やさしいきみ。②
光と咲太郎の隣のクラスの女生徒は、昨日の昼休みに咲太郎を非常階段の下に連れ出すと、ブレザーのポケットに大事に入れていた物を咲太郎に差し出した。
「これっ……! な、成宮くん、一ノ瀬光くんと仲いいよね?! 渡して欲しいんだけど……っ」
彼女が差し出した封筒の表には、可愛らしい文字で『一ノ瀬光様へ』と書いてある。
それは誰が見てもわかるラブレターだった。
「そ、その……一ノ瀬くん、あんまり学校に来ないし……そもそも、こういうの渡したら迷惑かなって思うんだけど……成宮くんと仲よさそうだから、成宮くんから渡してくれたら読んでくれるかなって……」
私、ずっと好きで……卒業までに気持ち伝えられたらなって思ってたんだけど、多分直接渡したら受け取ってもらえない気がするから……
そう言って顔を真っ赤にして頭を下げる彼女を、咲太郎はいじらしいなと思ったけれど、迷った末に「……ごめん、そーゆーの、できない」と差し出された手紙は受け取らなかった。
まさか断られると思っていなかった女生徒は、少し非難がましい顔で咲太郎を見た。
咲太郎はきゅっと結んだ唇をなんとかほどいて、言葉を選びながら彼女に告げた。
「……あの、さ。もし、二階堂 ヒカルが好きなんだったら、こう言うのはちゃんと事務所を通してファンメールとかにするべきだと思う。
……芸能人のアイツじゃなくて、一ノ瀬 光が好きなんだったら……俺を介してじゃなくて直接アイツに言ったほうがいいと思うよ」
咲太郎の真っ直ぐな瞳が、彼女を見る。
「アイツ、優しいから……多分友達の俺からこれを渡されたら受け取ると思う。でも……俺、そう言うアイツの優しさにつけこみたくないし……君から俺がこれを受け取ったら、次からみんなが俺の所に持ってくるだろ。アイツが俺に気兼ねして受け取るのも嫌だし、俺もアイツが困るの解っててそれをするのは嫌だ。
……それに、アイツの事が好きなら、ちゃんと自分で気持ち伝えた方が印象いいと思う」
だから、自分で頑張った方がいいと思うよ。
そう言って、咲太郎は手紙を受け取らなかった。
手紙の橋渡しを断られた直後は、こっそり渡してくれるくらいいいじゃない、といじけた気持ちになったけれど、憧れの光と同じ学校にいられる幸運は今しかない。ここまで来たら、確かに直接思いを伝えた方がいいかもしれないと思えた。
実際手紙は受け取ってもらえなかったが、画面越しじゃない本物の光に直接思いを伝えることができた。普通では、考えられないことだ。
「俳優の二階堂 ヒカルくんがずっと好きだったの。でも、この高校三年間間近で光くんを見たらもっと光くんが好きになって……恋が叶うなんて勿論思ってなかったけど、伝えられて本当に良かったです」
手紙はファンメールで送ります、これからも応援してます! とペコリと頭を下げ、彼女は去っていった。
彼女が去った後も、光はその場にしばらく立ち尽くしていた。
はじめは少し重かった気持ちも、今は溶けてなくなって、じんわりとした温かさが胸に満ちている気がする。
咲太郎は、なんであんなに真っ直ぐなんだろう。
初めて会ったあの日も、別に光に声をかけなくてもよかったのだ。
咲太郎が一緒にご飯を食べてくれなくても、光は一人でも学校生活を送れたし、別に今までと何かが変わるわけじゃなかった。
それでも、
咲太郎と一緒にいるようになってから、びっくりするくらいに学校が楽しくなった。
最近は、驚く事に咲太郎じゃなくても言葉を交わすクラスメイトもいる。少しずつ、クラスの輪の中に入り込めている感じがする。
この感覚は、学校生活の中で初めての感覚だった。
別に咲太郎は愛想がいいわけでも、優しい言葉をくれるわけでもない。
けれど、彼の行動はいつも光の事を考えて動いてくれている。咲太郎は俳優としての光を知らないから、なんの見返りも得もないのに。
少しずつ夏の空気を見せ始めた午後の日差しは、何もしていなくてもじわりと光の肌を汗ばませている。光の胸に広がった熱は、燃えてパチリと音がなった気がした。
────────────────────────────────
☆ここまで読んで下さって有り難うございます! ♡や感想等、お聞かせ願えると大変喜びます!☆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます