>゜)))彡への応援コメント
お母さまも「ヘソ」が何か知らずに食べていたということなんですね。笑
>けれど、楽しかったこと、美味しかったことは今でもハッキリ覚えている。
じわっときました(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
きみどりさんの中で素敵な思い出として残っていること、きっとお祖父さまも嬉しいと思います。
でも、魚のヘソの謎……何だろ、ちょっと都市伝説っぽいロマンもありますよね。
完全に判明したら、また教えてください!
作者からの返信
すずめさん、ようこそです!
そうなんですよ!!!
川でとれた魚の種類も聞いたんですが、それもハッキリと返ってこなかったんですよ!!笑
本当、祖父には良い経験させてもらいました。
魚のヘソは、母もボラの幽門の画像にピンと来てたので、それが正解なのだと思います。
けど、恐らく私が子どもの頃食べたヘソって小さすぎて、市場?に出回ってないサイズだと思うんです。
オマケに頭にある記憶も部分的に捏造の可能性があり、記憶の中のヘソと完全一致するヘソに再会することはもう一生ないのだと思います(;ω;`)
とはいえ、実際に食べたら新たによみがえる記憶もあるかもしれないし、機会あったらまた食べたいです。笑
>゜)))彡への応援コメント
ボラのソロバン玉は美味ですよ~♪
初めて食べたときは鳥の軟骨かと思いました。
一応、食べたものが通過する、人間でいう食道にあたる部分ですから、小さい個体のそれはドーナツ状なのかもしれません。
作者からの返信
素通り寺さん、ようこそです!
ボラのヘソ食べたことあるんですかー!羨ましいー!
私の記憶は曖昧を通り越して、もはや捏造されているようで、思い出そうとしても輪切りにしたイカの胴体の食感が思い浮かんでくるんですよ((T_T))
唐揚げになって出てきた魚はどれも10cm前後だったように思うので(これも捏造されてるかも!?)、ボラもそのサイズだったなら、ヘソもかなり小さいですよね……
投網は網目の大きさによってとれる魚のサイズが変わるそうなので、8~20cm辺りであるのは間違いないと思うのですが。。
小さい個体のヘソ、どこかで出会えるかなぁ。
>゜)))彡への応援コメント
先人の知恵や技術は本当に受け継がないと消えてなくなってしまいますね。
文化や言葉も然り。
最近は常々そんなことを考えています🥲
素敵なお話でした!
作者からの返信
深川さん、ようこそです!
エッセイで書いたのは自分の思い出なんですけど、例えば戦争体験とかも、きちんと記録に残しておかなかったものは消えちゃうんだ、と改めて衝撃を受けました。
頭では「受け継がないとなくなる」っていうのをわかっていたんですが、実感を持った理解は出来ていなかったようです。
特に日常のささやかなこととかは、「そういえば」と思った時にはもう辿れなかったりしますね😭
レビューもありがとうございました!
おじいちゃん、おばあちゃんの知恵袋!まさにそれだー!
>゜)))彡への応援コメント
自然と触れ合った幼少期、楽しそう…。
なんとなく記憶にあるのに該当する情報がない、ありますよね。
方言とか地方独特のものだと、若い人には伝わってなかったりして、わからなくなっちゃうかも。
魚のヘソ、食べてみたいです。
気になる〜。
作者からの返信
雪さん、ようこそです!
野生の日々、楽しかったです!笑
大人になってから自然豊かな所に行っても、キャンプや農業なんかを介さないと触れ合うのが難しかったりするので、子どものうちに遊び回れたのは幸運でした(*^ω^)
記憶にあるのに該当する情報がない、そう、それです!
逆に成長してからなんとなくわかることもあるのですが(祖父が床に座って投網をいじってたのはゴミを取り除くとかのメンテナンスをしていたんだな、とか)、ハッキリしたことはやっぱり一緒にその体験をした人に聞かないとわからないです……
ヘソ、見かけたらぜひ食べてみてください!
私ももし見かけたら迷わず食べます(ФωФ)