Mっ気(めっき)

くにすらのに

名前と顔しか知らない佐久間さん

 明らかに地毛ではないブロンドに染まった髪が秋風になびく。多くの日本人には似合わないその髪色も彼女はしっかりと自分の色にしているし、背中だけでも誰かがわかるくらい僕は彼女のこと知っている。


 知っているのは名前と容姿くらいで好きなものや趣味はわからない。他になにか情報があるとすれば喧嘩が滅法強いことくらい。噂や伝聞ではなくその強さを目の当たりにしている。いわゆるヤンキーというやつだ。


 見た目通りの素行の悪さと喧嘩の強さで周囲から浮いている。他のクラスだったら顔がいいヤンキーがいるくらいで済む話が、同じクラスだから日々逆鱗に触れてしまわないか気を張らなければならない。


 わりと進学校よりで偏差値もそれなりにあるうちの高校にどうやって入学したのか不明だが誰もその件について触れることはできない。一説によると校長を脅したと言われているがさすがにそれは嘘だろう。嘘であってほしい。そこまでして進学校に入るヤンキーの目的もわからないし。


 そんな校内で唯一のヤンキーと言っても過言ではない佐久名さんが段ボールに入った猫に話しかけている。こんなベタなシーンと遭遇するなんて夢でも見ているんじゃないか。


 ほっぺをつねっても橋の下に猫と佐久名さんがいる事実に変わりなかった。


「……見なかったことにしよう」


 写真を撮ってクラスのグループに共有なんてしたら殺されてしまう。自分よりも大きな男達を一人でぼこぼこにした佐久名さんだ。俺なんて秒殺間違いなしだ。


 距離は十分。気配を消して歩いていれば佐久名さんに気付かれることはない。佐久名さんは猫に夢中だ。あんな風に笑うんだな。いつもムスっとしていても顔が良いのは全男子が認めるところなのでそれが笑顔になったらつい見惚れてしまう。


 そう。見惚れてしまったのだ。この場からすぐに去ればいいのに、佐久名さんと目が合ってしまった。


 笑顔で猫に小さく手を振ると佐久名さんは立ち上がり鬼の形相でこちらを睨みつけた。


「見ただろ?」


「え……は、はや」


 質問に対して答えることができないくらいの一瞬で距離を詰められてしまった。バトル漫画でしか見たことのない動きに脳が完全に思考停止している。


「見てたよね? 今」


「は、はひ!」


「んだよはひって」


「誰にも言いません。誓います。許してください。5000円ならあります!」


 電子マネーが使えなくなった時に備えて一応持ち歩いている5000円札を差し出すと佐久間さんは無感情な目でそれを見つめた。


 こういう時はやっぱり一万円が相場だったか。電子マネーと合わせればどうにか払えるはず。明日から昼食を我慢すればどうにかなる額だ。お金でこの命を守れるなら安い買い物と思うしかない。


「なかなか気前がいいじゃねえか」


「え? もしかしてこの額で許してもらえるので?」


「これだけありゃ十分だ。行くぞ」


「い、行くってどこへ?」


 まさか仲間の所に連れていかれる? 校内では孤高のヤンキーも外部のグループに所属している。きっとそのパターンだ。


 この5000円も入会金か何かかと思われている? だとしたら俺は佐久名さんの舎弟になるのだろうか。グループから抜けるには拷問みたいなリンチに堪えないといけないという噂を耳にしたことがある。入って5秒で脱退なんてできるのか?


「あの……佐久名さん」


「あん?」


「どこに行くのでしょうか?」


「どこって。決まってるだろ。ペットショップだ」


「ですよね~」


 ペットショップか。佐久名さんは俺を犬にするつもりなんだ。佐久名さんの犬……アリかもしれないな。

 なんて考えが一瞬よぎって冷静になった。秋の冷たい風は人間を正しい道に導いてくれる。


「ペットショップ?」


「あいつの餌を買うんだろ。そのために5000円出してくれたんじゃねーの?」


「…………そうです」


 佐久間さんの鋭い眼光に俺は首を縦に振ることしかできなかった。


「で、名前は?」


「え?」


「名前。あたしは佐久間楓。同じ高校だろ?」


「同じクラスの鶴岡雄太です」


「同じクラス!? マジか。すまん」


「いえ。教室で一度も話したことないので」


「同級生なら敬語じゃなくていいだろ。よろしくな雄太」


 はっはっはと豪快に笑いながら俺の背中を叩く。ギャルというよりおじさんに近い距離の詰め方だ。あんなに喧嘩は強いのに背中に当たった感触は男と違って柔らかく、そして冷たかった。


 どれくらい猫と戯れていたのかわからないが、11月ももうすぐ終わろうとしているこの時期に河原にいれば体は冷える。


 人間離れした強さを持っていたとしても人間に変わりはないし、冷え性の女の子だと思うと少しだけ親近感がわいた。


「佐久間さんってそんな風に笑うんですね……だね」


「あん?」


 ヤベッ! 距離の詰め方を間違えた。殺される。


「本来のあたしはこうなんだよ。進学校で舐められないように空手を習ってメイクもギャルっぽくしたらめっちゃ浮くし。それなのにナンパは増えるから正当防衛するしかないしマジ最悪」


「進学校で舐められるとかないでしょ。学校見学の時に思わなかったの?」


「だからだよ。先輩たちはおとなしくても同級生にヤバいのがいるかもしれない。備えあれば患いなしの精神だな」


「その結果が猫と話す寂しい高校生に」


「は? 寂しくないんですけど? 猫カフェに行くお金が浮いてむしろお得なんですけど?」


「すみませんでした」


 高校デビューに失敗した哀れな女子高生だと判明してもその喧嘩の実力と今までのキャラ作りで培われてしまった圧は変わらない。ヤンキーにすごまれると弱い人間は反射的に誤ってしまうのだ。


「猫が好きならそれをアピールすればいいのに」


「だから橋の下で猫を探してたんだろうが」


「え? まさか自作自演」


「そんなかわいそうなことするか。あの猫は本当に捨てられてたんだ。まさか野良じゃなくて捨て猫を見つけるとは。捨てたやつを見つけたら殺す」


「ひえっ」


 目がガチの殺意に溢れていて本当にやってしまいそうだ。たしかに猫を捨てた人間を許すことはできないが、佐久間さんと引き合わせるのだけは絶対に避けよう。


「ヤンキーと猫と言えばこのシチュエーションしかないからな。苦節1年半。ようやく猫と出会たところに雄太がやってきたってわけ」


「そうなんだ。それは光栄……でいいのかな」


「光栄だろ。あたし、顔だけは良いって言われてるの知ってんだからな」


「あ……」


「顔面偏差値は校内一なんだろ? そんな校内一の美少女と猫の世話ができるなんて光栄以外のなにものでもない」


「これから猫の餌代をむしり取られるのかと思うと憂鬱なんだけど」


「そんなカツアゲみたいなマネしねーよ。バイトするぞバイト。学校には内緒で」


「まともな方法だけどまともじゃない。バレたら面倒だよ」


「安心しろ。あたしの素行に比べればバイトなんて問題じゃない」


「なるほど! ……とはならないよ。ヤンキーとつるんでるってバレたら俺もぼっちに」


「いいじゃねえか。あたしと猫がいれば」


 同じクラスなのに初対面みたいな自己紹介をしておいて、長年連れ添った夫婦みたいなことを言われた。名前と容姿と喧嘩が強い。猫が好きで高校デビューに失敗した残念なクラスメイト。

 

ほんの少しだけ情報が増えた佐久間さんと俺は、仲良くなれるのかな。


 全てはあの猫に掛かっている気がする。いつまでも段ボールに入れておくわけにはいかないからきっとうちで保護することになるんだろうな。親にはなんて説明しよう。まさか鶴岡家を脅迫したりしないだろうな?


 その可能性がゼロじゃないのがおそろしい。


 恐ろしいはずなのに口元がつい緩んでしまう。認めたくないけどMっ気があるのかもしれない。


「猫の名前も考えないとな。楓と雄太から一文字ずつ取って楓太(ふうた)なんてどうだ?」


「オスなの?」


「どうだろ。そこはまだ見てない。いきなりそんなとこ見るの恥ずかしいだろ」


 佐久間さんは意外と乙女だった。いきなり下半身を露出したら俺でも佐久間さんを怯ませることができるのかな。潰されそうだからやめておこう。想像しただけで震え上がった。僕のM気質もそこまではないみたいだ。


「名前から一文字ずつ取ると俺たちの子供みたいだからそっちの方が恥ずかしいよ」


「こ、子供って。あたしらの子供みたいなもんだろ。大切に育てるんだから」


「佐久間さんの家で?」


「当たり前だ。うちは親が海外出張でいないからな。猫がいれば寂しくないと思ってたんだ」


 佐久間さんの家は両親が不在。そんな中でこの高校デビューはさそかし心配だろうな。心中お察しするとはこういう時に使うのだろう。


「放課後は一緒にバイトして、二人で楓太の面倒をみる。充実した高校生活だな」


「もしかして佐久間さんの家に行くってこと?」


「変なことしたら殺すから」


「ですよね~」


 猫の股間を見るのを恥ずかしがるくらいだ。処女と童貞が両親不在の家で二人きりになっても何か起こるわけもなく、仮に俺が何かしようとすれば返り討ちにあう。なるほど健全な高校生活だ。校則で禁止されているバイトを除けば。


「これはあたしと雄太の秘密だ。誰にも言うな。もしバラしたら……」


 指をパキパキと鳴らして威嚇する姿は完全に喧嘩慣れしている。小学生の頃に泣きながら腕をぐるぐる回したくらいしか経験がない俺とは大違いだ。


「わかってる。誰にも言わないしバイトもする。一緒に楓太のお世話もするけど、さすがに毎日は無理だよ」


「もちろん。来れる時だけでいい。が、毎日言い訳して逃げられるのも納得いかないから最低でも週に一回はあたしと学校の外で会うこと」


「週一でいいんだ」


「ん? そんなにあたしと楓太に会いたいんだ?」


 ニヤリと浮かべた狡猾な笑みは猫の股間に照れる純粋無垢な乙女とは思えないいやらさしさを放っている。喧嘩だけじゃなくてベッドの上でも強そうな雰囲気だけはある。


「ちなみに最低週一だから。暇そうならバイトのシフトを被せるしうちにも呼ぶ。楓太を立派な猫にするんだ」


「バイトまでして猫を育てる姿をクラスメイトに見せたら人気者になれそうなのに」


 なんたって顔は良いんだ。喧嘩が強くて猫に優しい。絵に描いたようなヤンキーキャラは絶対ウケる。


「まずは雄太と仲良くなる。まずはここから」


「わかったわかった」


 こんなに奥手な性格だとたしかに舐められそうだ。だからと言っていきなり本当に強いヤンキーになるというのも発想が飛躍している。


 恐くて近寄りがたかった佐久間さんのメッキが少しずつ剥がれて中身が見えてきた。高校生活は折り返し。卒業までにこのメッキを剥がすのもおもしろいかもしれない。

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