第8話 真っ赤な卵のオムライス

『赤い宝石からつくった、真っ赤な卵のきらきらオムライス。どこを食べても真っ赤っかで。口のまわりがべちゃべちゃになっても、おいしくて全部食べられる……魔法のオムライス。お母さんがおばあちゃんから聞いたときは、そのきらきらがルビーのようだって教えてくれたわ』



 母との会話を、少しだが思い出せた。柘榴ざくろがおとぎ話を本にする前に、祖母を含めて親類のほとんどは早死にしていた。理由は遺伝性の病気程度しか、母の葬式のときに縁者から聞いていない。だから、母もその遺伝が原因で病弱だったのだろう。娘の柘榴には、父の遺伝が強かったのかその兆しはなかったが。


 しかし、殺害という形で父より先に死んでしまい、今はおとぎ話の舞台になった世界に迷い込んでいる。そして、母が一等食べたいと、何度も教えてくれた『真っ赤な卵のオムライス』をこの目にしているのだ。


 その原材料が、柘榴本人の死肉による宝石だとはまだ信じられない。どう見ても、カウンターに置かれている真っ赤なオムライスは、芸術品としか言えないほどの輝きを放っていたから。



「……食べて、いいの?」



 夢ではないのに、夢を見ているかのような衝撃を受けたせいか。柘榴は驚き過ぎて、言葉がうまく出てこなかった。



「もちろんだとも。柘榴くんが望んだのだから、我々はお客人に提供する技術者。陸翔りくとくんも誠心誠意込めて、丁寧に調理しただろうしね?」

「実際に調理するのは初めてだったので、すごく苦戦しましたが」

「おーおー? これが噂の紅玉の洋食か? 浅葱あさぎさんでも、伝承は少ないって聞いてたのによ?」



 柘榴が口にしていい料理だとわかれば、傍に置かれたスプーンを思わず手に取ってしまう。しかし、いずるの発言に少し違和感があったので、食べる前に聞くことにした。



「こーぎょくのよーしょく?」

「文字通りの意味だ。真っ赤な宝石とやらは、総じて『紅玉』扱いされるんだと。いっとくが、りんごの品種じゃねぇぞ? 日本とかの古い呼び名で、赤い貴石をそう呼ぶんだ。マスターらの造る特殊な宝石料理の中でも、幻とか言われてる料理ジャンル。俺は自分の上司にそう教わった」

「……見た目、ヤクザなのに詳しいね」

「……勘違いされるのは慣れてるが。俺は正真正銘の刑事だ!? 所属しているとこが、普通じゃねぇんだよ!!」

「そ、そうなんだ」

「まあ、貫くんの顔つきは今更だからね? とりあえず、冷めないうちにどうぞ」

「……マスター」



 貫が夜光やこうのフォローにならないツッコミに肩を落としても、せっかくの料理が冷めてしまうのは勿体ない。柘榴は夜光の勧めどおりに、スプーンを持ち直した。皿には、真っ赤なチキンライスが楕円型に整えられている。その上に、これまた真っ赤なオムレツが綺麗に鎮座していた。ケチャップはかけられていない代わりに、カレーなどに使う銀色のポットに輝くそれが皿の横に。スプーンの傍には、何故かステーキ用に使うナイフが置いてあるので、もしやと柘榴は陸翔に声をかける。



「陸翔。これって、自分で卵に切れ目を入れるの?」



 怯えることなく、質問できるようになったからか。陸翔の表情は、異様に傾いたままの首を嬉しそうに縦に動かした。頷いているのかもしれない。



「はい。柘榴さんの世代に合わせて、『たんぽぽオムライス』のようにしてみました。卵の広がる瞬間も、楽しんでいただけると思いまして」

「たんぽぽオムライス?」

「大正か昭和のどこかが起源とされているが。少しお洒落なレストランや洋食屋では、たびたび見かけるオムレツを載せたオムライスのことを言うのだよ。趣向を凝らして、切れ目を入れればふわとろのオムライスに仕上がる調理法をそのようにたとえているらしい」

「へぇ? 人間が考えたんだ?」

「さて、それはどうかな?」

「意味深過ぎて、食べにくいんだけど……」



 夜光の発言も気にはなったが、改めて食べ始めようとスプーンを置いてナイフを手に取り。慎重に、一直線なるように切り込みを入れれば。切れ目からふんわりと花が咲くように、赤いチキンオムライスを包み込んでいった。まるで、本当のたんぽぽのごとく。そのあとに、ポットからケチャップを注げば、美しい赤のベルベットが映えていく様。



「おお。現世でも、再現難しいぞこの光景」

「貫さんにそう言っていただければ、僕も少しは成長したってことですかね?」

「マスターの直弟子だろ? って」



 貫が感心している間に、柘榴は次の動作をしていた。


 ナイフをスプーンに持ち替え、高価だろうが迷うことなく、オムライスに切り込みを入れて大きく口に運んだのだ。ファンタジーな光景に見惚れているよりも、はやくこの『ご飯』を食べたい欲望が出てきたせい。


 スプーンを外して、米と卵とケチャップの調和を口の中でしっかりと味わう。


 米の固さ。卵のふわとろ加減。ケチャップの酸味と甘みにコク。どれもが、外食経験が少なかった柘榴でさえ、瞬時に理解出来たくらいだ。これは、材料の価値もだが腕前も一級品だというのを。


 咀嚼を繰り返し、ゆっくり飲み込んでから、柘榴は静かに涙をこぼした。


 死んだことへの辛い悩みではない。これは純粋に嬉しいことへの賛辞だ。


 母との思い出の『おとぎ話』のご飯を、口に出来たことからの感動にも近い。母の料理ですら、味はもう覚えていないが。食事に対して、これだけ感動を覚えたのは生前でもあっただろうか。柘榴は、生きていた頃の無関心生活を、今更勿体なく感じた。


 そこからは貪るように食べ進めてしまったが、米やケチャップひと筋も残さず平らげたのだった。



「……ご馳走様です。すっごく、美味しかった」

「お粗末様です」

「気に入ってくれて何より。我々も、久々に楽しい調理をさせてもらったよ? それに、今日から君はこの『永遠とわ』の一員だ」

「うん!」



 根本的な解決は、何一つ出来ていないものの。


 柘榴の生き方の再スタートは、この喫茶店から始まったのだ。

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