第9話 身を守る制服の作成
飲食が出来る形態ということもあり、寝食については生前と同じ仕組みなのは
さらに、柘榴は稀少価値の高い宝石『
その宝石を媒介に料理のように顕現する食べ物は、普通の食事と違って『幸せの形』のようなもの。食べ物ではあるが、食事する存在にとって最高の料理。未練を持つ存在が、昇華してあの世だという
柘榴にそれがなかったのは、『闇術師』という悪人たちの策略で石の素材にされてしまったから。元人間の術師だったという夜光でも簡単に解除は難しい。しかし、野放しにすれば術師らに捕縛され、魂すら石の素材にされてしまう。そうならないように、夜光と陸翔の経営するこの喫茶店で保護する形になった。
柘榴が無賃で食事してしまったことへのお願いは、実際のところ対策として既に想定済みだったとか。等価交換として材料となる宝石を渡せば、食事の提供をするのは嘘ではなかったが。しかし、高校生でも他人と極力関わらないようにしていたため、コミュ障のような計画性の無さに、柘榴はすぐに反省した。
『俺は現世に戻って、上司に全部報告してくる。紅霊石の素材が出現ってなったら、あの人もここに来るからな? 柘榴はマスターらに、みっちり研修受けてろ』
狭間と現実を行き来することが可能な人間、
「ふむ。貫くんの言うことも尤もだ。私も言い出しっぺだから、柘榴くんにはまず『制服』を作るところから始めようか?」
貫が店を出て行ってから、陸翔が食器以外の片づけをしている間。夜光が、柘榴に『研修』という時間を作ってくれた。生前でも高校二年前だったが、柘榴にアルバイトの経験はなかったために。普段の電子通貨や現金は父親がいくらかの『お小遣い』として、未成年でも口座が作れる銀行に振り込んでくれている。大金ではないが、不便のないように使える金額だったので、里帰りに必要な交通費も出せたのだ。今では、そんなものなど意味はないが。
とにかく、労働という経験がほぼないので、教えを乞うのは当然だ。自分で言い出したこともあるから、接客でも調理補助でもなんでもしようと意気込んだ。
しかし、制服がないのは問題らしい。てっきり、今着ている高校のセーラー服で問題ないと思っていたから。
「制服って、ウェイトレスとかの?」
「ああ。従業員の証はもちろんのこと。君を『護る』ための防護服にもなるからだよ」
「ぼうご?」
「仮に魔法みたいな術を教えても、物理攻撃をすべて防げるベテランにはいきなりなれないだろう? 柘榴くんの世代に合わせて言うなら、今から紅霊石を少し創り出して『チート防具』を創るのだよ」
「無敵の、防具ってこと? ラノベにもあるような?」
「そうだとも! 現世のサブカルの発想はどんどん発展しているからね! 私も料理のレシピだけでなく、結界術についても随分と参考にさせてもらったよ!」
「……あっ、そう」
夜光のトイプードルの見た目でも、美声中年男性のそれを見ていると、異世界に迷い込んだ柘榴自身が主人公になった気分だ。実際は、現実と密接している世界のようだから、貫みたいな人間が関係していた。柘榴が知らない大人の事情では、ファンタジー以上に魔法の世界が普通にあるようだ。柘榴の母方のご先祖は、どうやって死なずにこの世界に来て現実に戻ったのかは謎だ。
それと、夜光は現実の『娯楽』についても詳しいらしい。情報共有は、貫もいることだから現実の人間たちから仕入れているのだろう。とりあえず、柘榴の護りは柘榴の特異体質を利用すると言うので、針で血を取り出すことから始まった。
「君が最初に持っていた石の精製過程はわからなかったが。今回は水滴くらいの量で大丈夫だろう。私が施してよいかな?」
「痛く、ない?」
「死人は基本痛覚を感じないとされているが、君は特殊だからね? ちょっと深く刺すが、我慢してほしい」
「うん」
夜光を信じて、頷く。柘榴の決意に夜光は尻尾を振ってから、裁縫針を一本、魔法で創り出した。浮かんでいるそれを、柘榴が痛いと思うよりも先にさくっと、差し出していた人差し指の先に刺した。
痛みはないが、異物が埋まる変な感覚がすると思った柘榴は、やはり自分が生きている人間ではなくなったと実感した。痛みもだが、抜かれたあとに浮かんできた血の色が。今は柘榴の胃の中にある石の形と、まったく同じきらきらした赤色だった。
その血は流れるどころか、ぽとっとカウンターに落ちた時には小さな蓮の形の結晶になっていた。人間だったら、いきなり血が宝石になるなんてあり得ない。驚いたが、そんな存在になったんだと諦めのような納得した気持ちになれた。
「いいサイズだ。傷口は君の身体ならすぐに消えるだろう。そこは心配しなくていい」
針をぽんっと消してから、石の具合を見て夜光は楽しそうに頷いていたが。
「これ、どう使うの?」
「魔法の詠唱、を思い浮かべるのだよ。なんでもいい。好きな言葉を繋げれば、柘榴くんのイメージする制服となるよ」
「いきなり?」
「楽しみにならないかい? 自分の考えた呪文が、ちゃんと魔法になるのを」
「……それは、気になる」
まだカウンターに置いたままの、母との思い出の手作り絵本。その中に、呪文は特に書いていないが、文字の部分は母の考えたことなのでそれに近い感じだ。
せっかくなので、それを借りるのも悪くない。死ぬ直前のバス移動でも、柘榴は何度も何度も読み込んでいたから、記憶が戻った今ではそれをよく覚えていた。
「一度深呼吸をして。手を石にかざしてごらん。君のイメージが作用するだろう」
夜光の言葉に頷き、深呼吸をしてから思い描く制服と、それを導き出す言葉を紡ぎ出した。
『導き出せ、藍と赤の光。紡ぎ出せ、我が前に』
我ながら、厨二病チックな詠唱だとは思ったが。何故か紡ぐと心地の良い温かさが体を駆け巡っていく。夜光が言っていた魔力の流れとやらかもしれない。血液の循環に似たその流れが、熱とともに体を駆け巡り、かざした手に向かって集まっていく。
『綴れ、綴れ、その流れを我が前に』
カウンターに置いた紅霊石がまばゆい光を放ち、夜光もだが柘榴も自分の手が吸い込まれるように見えなくなった。と思ったのは、ほんの一瞬だけで。
気が付いたら、自分の着ているセーラー服が少し厚みのある生地になっているとわかった。目を開けて、腕から見ていくと。色はワインレッドだが、フリルたっぷりでワンピースになっていて。付属の白いエプロンや大きな同色のリボンが可愛らしい、まるでメイドさんのような服装に変わっていたのだ。
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