第9話 身を守る制服の作成

 柘榴ざくろが死人となり、狭間という異空間で生活することにはなったが。


 飲食が出来る形態ということもあり、寝食については生前と同じ仕組みなのは夜光やこうから説明があった。つまり、狭間にいることもだが『喫茶店の永遠とわ』に滞在している時点で、普通の死人ではない。


 さらに、柘榴は稀少価値の高い宝石『紅霊石こうりょうせき』の原材料として、体が作り変えられた状態だ。その特異体質になったため、生前とほぼ変わらない形態で生活が可能となるらしい。必要ないことは、排泄循環だけだそうで。飲食は出来ても、夜光や陸翔りくとらが調理する料理の材料は『宝石』。


 その宝石を媒介に料理のように顕現する食べ物は、普通の食事と違って『幸せの形』のようなもの。食べ物ではあるが、食事する存在にとって最高の料理。未練を持つ存在が、昇華してあの世だという幽世かくりよへの道標を見つけるための案内札に近いとか。


 柘榴にそれがなかったのは、『闇術師』という悪人たちの策略で石の素材にされてしまったから。元人間の術師だったという夜光でも簡単に解除は難しい。しかし、野放しにすれば術師らに捕縛され、魂すら石の素材にされてしまう。そうならないように、夜光と陸翔の経営するこの喫茶店で保護する形になった。


 柘榴が無賃で食事してしまったことへのお願いは、実際のところ対策として既に想定済みだったとか。等価交換として材料となる宝石を渡せば、食事の提供をするのは嘘ではなかったが。しかし、高校生でも他人と極力関わらないようにしていたため、コミュ障のような計画性の無さに、柘榴はすぐに反省した。



『俺は現世に戻って、上司に全部報告してくる。紅霊石の素材が出現ってなったら、あの人もここに来るからな? 柘榴はマスターらに、みっちり研修受けてろ』



 狭間と現実を行き来することが可能な人間、いずるという刑事とも縁が繋がってしまったが。強面でも面倒見のいい大人だったので、名前を呼ばれた時は少し嬉しかった。最初は素材素材とか連呼していたから、死人だと個人扱いされていないと思ったこともあり。



「ふむ。貫くんの言うことも尤もだ。私も言い出しっぺだから、柘榴くんにはまず『制服』を作るところから始めようか?」



 貫が店を出て行ってから、陸翔が食器以外の片づけをしている間。夜光が、柘榴に『研修』という時間を作ってくれた。生前でも高校二年前だったが、柘榴にアルバイトの経験はなかったために。普段の電子通貨や現金は父親がいくらかの『お小遣い』として、未成年でも口座が作れる銀行に振り込んでくれている。大金ではないが、不便のないように使える金額だったので、里帰りに必要な交通費も出せたのだ。今では、そんなものなど意味はないが。


 とにかく、労働という経験がほぼないので、教えを乞うのは当然だ。自分で言い出したこともあるから、接客でも調理補助でもなんでもしようと意気込んだ。


 しかし、制服がないのは問題らしい。てっきり、今着ている高校のセーラー服で問題ないと思っていたから。



「制服って、ウェイトレスとかの?」

「ああ。従業員の証はもちろんのこと。君を『護る』ための防護服にもなるからだよ」

「ぼうご?」

「仮に魔法みたいな術を教えても、物理攻撃をすべて防げるベテランにはいきなりなれないだろう? 柘榴くんの世代に合わせて言うなら、今から紅霊石を少し創り出して『チート防具』を創るのだよ」

「無敵の、防具ってこと? ラノベにもあるような?」

「そうだとも! 現世のサブカルの発想はどんどん発展しているからね! 私も料理のレシピだけでなく、結界術についても随分と参考にさせてもらったよ!」

「……あっ、そう」



 夜光のトイプードルの見た目でも、美声中年男性のそれを見ていると、異世界に迷い込んだ柘榴自身が主人公になった気分だ。実際は、現実と密接している世界のようだから、貫みたいな人間が関係していた。柘榴が知らない大人の事情では、ファンタジー以上に魔法の世界が普通にあるようだ。柘榴の母方のご先祖は、どうやって死なずにこの世界に来て現実に戻ったのかは謎だ。


 それと、夜光は現実の『娯楽』についても詳しいらしい。情報共有は、貫もいることだから現実の人間たちから仕入れているのだろう。とりあえず、柘榴の護りは柘榴の特異体質を利用すると言うので、針で血を取り出すことから始まった。



「君が最初に持っていた石の精製過程はわからなかったが。今回は水滴くらいの量で大丈夫だろう。私が施してよいかな?」

「痛く、ない?」

「死人は基本痛覚を感じないとされているが、君は特殊だからね? ちょっと深く刺すが、我慢してほしい」

「うん」



 夜光を信じて、頷く。柘榴の決意に夜光は尻尾を振ってから、裁縫針を一本、魔法で創り出した。浮かんでいるそれを、柘榴が痛いと思うよりも先にさくっと、差し出していた人差し指の先に刺した。


 痛みはないが、異物が埋まる変な感覚がすると思った柘榴は、やはり自分が生きている人間ではなくなったと実感した。痛みもだが、抜かれたあとに浮かんできた血の色が。今は柘榴の胃の中にある石の形と、まったく同じきらきらした赤色だった。


 その血は流れるどころか、ぽとっとカウンターに落ちた時には小さな蓮の形の結晶になっていた。人間だったら、いきなり血が宝石になるなんてあり得ない。驚いたが、そんな存在になったんだと諦めのような納得した気持ちになれた。



「いいサイズだ。傷口は君の身体ならすぐに消えるだろう。そこは心配しなくていい」



 針をぽんっと消してから、石の具合を見て夜光は楽しそうに頷いていたが。



「これ、どう使うの?」

「魔法の詠唱、を思い浮かべるのだよ。なんでもいい。好きな言葉を繋げれば、柘榴くんのイメージする制服となるよ」

「いきなり?」

「楽しみにならないかい? 自分の考えた呪文が、ちゃんと魔法になるのを」

「……それは、気になる」



 まだカウンターに置いたままの、母との思い出の手作り絵本。その中に、呪文は特に書いていないが、文字の部分は母の考えたことなのでそれに近い感じだ。


 せっかくなので、それを借りるのも悪くない。死ぬ直前のバス移動でも、柘榴は何度も何度も読み込んでいたから、記憶が戻った今ではそれをよく覚えていた。



「一度深呼吸をして。手を石にかざしてごらん。君のイメージが作用するだろう」



 夜光の言葉に頷き、深呼吸をしてから思い描く制服と、それを導き出す言葉を紡ぎ出した。



『導き出せ、藍と赤の光。紡ぎ出せ、我が前に』



 我ながら、厨二病チックな詠唱だとは思ったが。何故か紡ぐと心地の良い温かさが体を駆け巡っていく。夜光が言っていた魔力の流れとやらかもしれない。血液の循環に似たその流れが、熱とともに体を駆け巡り、かざした手に向かって集まっていく。



『綴れ、綴れ、その流れを我が前に』



 カウンターに置いた紅霊石がまばゆい光を放ち、夜光もだが柘榴も自分の手が吸い込まれるように見えなくなった。と思ったのは、ほんの一瞬だけで。


 気が付いたら、自分の着ているセーラー服が少し厚みのある生地になっているとわかった。目を開けて、腕から見ていくと。色はワインレッドだが、フリルたっぷりでワンピースになっていて。付属の白いエプロンや大きな同色のリボンが可愛らしい、まるでメイドさんのような服装に変わっていたのだ。

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