第7話 宝石の食べものたち
飲み物もだが、食べ物を特に『美味しい』と意識して来なかった。
母が先に亡くなったせいもあったかもしれないが、父と食卓を囲む機会も減っていたせいで、単純な『栄養源』としか認識していなかった。
お腹が空いたら、腹に入れる。ただそれだけの行為。
味とか、匂いとか。美味しいと思える要素を否定しようとしていたかもしれない。母が何度も教えてくれた、
その共感者である母親が亡くなったことから、だんだんと薄れていった。生きていく上での必要不可欠な行為でも、興味が薄れていくのも無理はない。柘榴の進路の道を作ろうとしてくれた父ですら、柘榴と食卓を囲む機会を作ろうとしなかった。父子家庭になったからこその、産物でしかないと中学生活で得た情報だ。
それなのに、今はまったくそれらの感情を払拭させられた。
ストローから吸い上げた、赤くも透明度のある飲み物はたしかに酸味のある柑橘類の味がした。夜光がグレープフルーツだと指摘したように、味はオレンジではなく独特の酸味と甘みがあるグレープフルーツジュースそのもの。なのに、嫌な苦みがまったくない。生前、市販の紙パックのジュースは苦手としていたのに、今口にしたものは手作りどころか魔法の飲み物。
自分の血肉から精製された、宝石の食べものなのに。一級品と言っていいくらいの味わいの良さに、柘榴はつい。喉が渇いていたこともあってか、一気飲みする勢いでストローからジュースを啜った。
「……おいおい。もっと味わって飲めよ」
「ははは。元気がいいことじゃないか? むしろ、喜んでもらえてなにより」
「って、現世で実現したら……そのジュースだけで、億越えの価値あんだろ?」
「ぶっ!?」
傍観していた夜光は気にしていなかったが、
咳き込んだ時に、器官を通ったような感覚があっても死人のせいかすぐに薄れた。しかし、息が整ってから空になったグラスを手にして、二人の方に詰め寄るくらいの驚きはまだあった。
「お?」
「元気だねぇ?」
「そうじゃなくて!! 今飲ませてもらったジュースって、そんなにも価値があるの!?」
「あるとも」
「稀少価値の高い宝石なのは、聞いてただろ? 下手すりゃ、最高級のダイヤモンドだって石ころ程度だ」
「……嘘」
これから食べる予定の、
なら、せめて、と。柘榴は無謀な願いを夜光にしてみることにした。
「あたしを、ここで働かせてください!」
「うん?」
出来るだけ深く腰を折り、誠心誠意を込めて懇願してみた。死人であるし、あの世にも行けない中途半端な存在。生き返れないなら、この異世界のような場所で無賃でも生活出来ることが可能であれば。柘榴の、
それと、この店から出れば『狭間』の世界でも、柘榴は狙われるだけだ。貫が仮に保護してくれても、何もしないままで生活するようなことはしたくなかった。
生きることがどうでもよくなった生前にはもう還れなくても、何か出来るのであれば無賃飲食などしたくない。二人から何も会話がなかったが、腰を折ったままでいると上から苦笑いのときのため息が聞こえてきた。しかも、二人分。
「下手に、心霊課で保護するよりもいいか?」
「うむ。私も、最初から提案しようとしていたが。自分から言ってくれたのだから、喜んで受け入れようとも」
「
「そこは頼んだよ」
会話の流れを耳にしてゆっくり顔を上げようとすれば、夜光らしい前足が柘榴の髪を優しく撫でてくれた。
「……いいの?」
「別に私は、石を提供してくれたのだから当然のことをしたまでだが。柘榴くんが、この店で生活したいのならば、それは受け入れるよ。陸翔くんと同等になれるくらいの技術指導も提供しよう」
「素材本体にかよ。……まあ、いいんじゃねぇの? 自分の身を最低限守れる力は身につけた方がいい」
「そうだとも」
「……ありがとう」
生きる気力について、無関心に近い状態だったのに。自分自身でここまで行動するのはどれくらいぶりだろう。母と自由研究と称して、本の作成をしたとき以来か。死んでしまったのに、感情の復活とやらは随分と柘榴の在り様を変えてくれた。
それか、本の中身が真実だと受け入れたことへの心境の変化かもしれないが。
「こんにちは、貫さん。ちょうど柘榴さんへのお食事が出来たところですよ」
陸翔が石で作って来たらしい『オムライス』を持って、店内に戻ってきたようだ。
ふり返れば、母との語らいにもあった『すべて真っ赤のオムライス』が、とても美しく皿に盛りつけられていて。陸翔はカウンターに置かれた空のグラスの横に、なんの躊躇いもなく、ことんと置いてくれた。召し上がれと言わんばかりに、夜光もスプーンを魔法で持ってきていたので、柘榴は吸い寄せられるように、椅子に腰掛けたのだ。
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