第6話 特異な人間の能力

 その男性は、いかにも『ヤ』のつく職業の人間のように見えたのだが。柘榴ざくろ陸翔りくととここで先に出会ったせいか、彼に抱いた恐怖ほどの『怖さ』を感じなかった。


 性格の荒い男性は面倒なので、生前は苦手な部類ではあったが。『狭間』にいる存在なのだから、生きている人間ではないのかもしれない。陸翔に抱いた印象のときのように、苦手だけで片づけてはいけないと少し思うようになったからだ。


 その男性が柘榴の前を素通りし、カウンターの上で座っている夜光やこうに向かってズカズカと歩を進めていくと。殴り掛かりはしなかったが、カウンターに片手を強く叩きつけた。その勢いが、ちょっとした震動として伝わって来たのか。柘榴は驚いて、びくりと肩が震えた。



「やあやあ、いずるくん。よく来たね? お勤めご苦労様」



 彼の態度に関係なく、夜光は相変わらず冷静な様子で『いずる』と呼んだ男性に向かって労いの言葉をかけていた。この店の従業員にしては、服装がくたびれたスーツなので知人なのかと柘榴は思っていると。



「……マスター、答えてくれ。狭間に紅霊石こうりょうせきの素材が迷い込んだって噂は、マジか?」



 大声で叫んだ時にも口にしていたが、この男性は柘榴のことをどうやら知っているらしい。あの犯罪者集団の仲間にしては、夜光への態度は『要求』より『確定事項』を知りたい感じだ。つまり、柘榴を無闇に捕獲して石の材料として利用するように見えない。勝手な想像でしかないが。



「ふむ。もう君たちにも知られているのか。これは困った」

「困ってねぇだろ!? 毎度毎度、あんたは俺たち刑事に負担かかる仕事を持ち込んでくるんだからよ!!」

「ははは。狭間を行き来出来る生身の能力者は限られているからね?」

「……それは、そうだがよ」



 険悪なムードではなくなったのだが、柘榴の予想の斜め上をいく人間であると、その会話で理解出来た。夜光が言っていた、狭間を行き来出来る生身の人間。それが、この『いずる』という男性であること。それが本当なら、柘榴を殺したあの男たちのことを知っているのか。知りたくて口を開けようとしたときに、短い黒髪を搔いていた彼がこちらに振り返ってきたのだ。


 目が合うと、柘榴はきちんと見れた彼の顔以上に、その瞳の色に驚いた。まるでファンタジーゲームに登場するキャラクターのような、濃い赤色の瞳。比較するなら、柘榴の身体から出来た紅霊石と同じくらい、綺麗な赤色だった。吸い込まれるように見つめていると、彼の表情はすぐに引きつったものとなる。



「おやおや、貫くん。もう気づいたかね?」



 夜光が貫のジャケットを軽く前足で叩くと、それに気づいた貫は我に返ったのか表情は驚きから物凄くがっかりしたものへと変えていく。



「……おいおい。ガチだよ。んで、やっぱあんたんとこで保護してたのかよ!?」



 大袈裟にため息をしてから、ガシガシと髪を掻いたが。すぐに気を取り直して、柘榴に視線を寄越してきた。その表情に怒りや落胆はなく、真剣過ぎて不覚にも『カッコいい』と思えるくらい、柘榴が好みと感じたものだった。生前、恋とか愛とかの感情も希薄だったが。死んだことと、夜光たちのやり取りで、多少の人間らしさが戻ってきた。その反動のひとつかもしれないと、とりあえず受け止めておいて。まずは挨拶からだと、軽く会釈した。



「……夜光の言う通りです。あの、石の材料にされた死人なんです。柘榴と言います」



 夜光たちは必要ないと言ったが、この男性にはきちんと対応した方がいいと慣れない敬語を使えば。貫はほんの少し目を丸くしたが、すぐに軽く息を吐いた。



「心霊課第一捜査チーム所属の刑事をしている、堺田さかた貫だ。無理に敬語はいい。使い慣れていないようだしな?」

「い……いの?」

「死んだとか関係ない。俺はまだ若手だからな? 話しやすい年の差程度に思ってくれ」



 顔の傷痕は痛々しいが、苦笑いする時の表情は少し可愛いと思ってしまった。同級生との交流も少なかったけれど、父にも可愛いと思ったことがないのに。死んだあとだからか、感情のリミッターが外れたのだろう。フィクションの小説や漫画に表現としてはあったが、自分で体験すると、何故か新鮮に感じることが出来た。しかし、それを嫌だとは思わない。


 なら、遠慮なく貫への接し方は夜光たちと同じにすることに決めた。



「えと。貫は、若いって……いくつなの?」

「あ? 新卒じゃねぇが、二十五だな?」

「結構上じゃん! あたし、十七になる前だったよ!」

「うっせぇ! こっちのマスターや弟子の陸翔に比べりゃ、みみっちいだろ!!」

「あ、たしかに」

「……順応早いな」



 貫に指摘されて思い出したが、夜光も陸翔も数百年ほど年上。


 それを考えれば、一桁くらいの歳の差なら話しやすいのも頷ける。と言っても、柘榴にとって夜光らは本の登場人物なので、親近感はずっと上だ。



「さてさて。声をたくさん出して、柘榴くんも喉が渇いただろう? 冷たいうちにどうぞ?」

「あ、忘れてた! 飲む飲む!」

「飲む? っておいおい! 素材本人にそれ作ったのかよ!?」

「なかなかに妙案だろう?」

「……あんたが決めたんなら、止めれねぇ」



 忘れかけていた、宝石のジュースに駆け寄った柘榴は。いつのまにか用意されていた白いストローをグラスに差して、迷うことなく口をつけた。吸い上げると、爽やかな酸味が口いっぱいに広がっていく。

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