第5話 宝石で作る飲み物

 陸翔りくとが奥にあるという厨房で調理をするために、まずは夜光やこうが使う部分の宝石を分けることとなった。


 せっかくなので、柘榴ざくろの目の前で実演してくれることになり、最初に夜光が腰掛けていたカウンターテーブルで作業が始まる。まずは、柘榴が持っていた紅霊石こうりょうせきを貸してほしいと言われたため、柘榴はこの二人ならとカウンターへ置く。温度がある宝石だから模造の石にも見えるが、輝きは天井の灯りに照らされているせいか、とてもキラキラと輝いていた。



「宝石から食べ物って、どう……作るんですか?」

「無理に敬語を使おうとしなくていいとも。君からすれば、我々は年長者だが異質な存在に変わりないからね? 母君の残した本の登場人物と思っていい」

「あ、本!」



 落としたままだと思って振り返れば、陸翔が拾ってくれていたのか柘榴の前に『どうぞ』と差し出してくれた。



「温かみのある、素敵な装丁ですね? お母様とお作りになられたそうですが」

「う、うん……」



 まだゾンビということで拒絶のような気持ちは出てしまうが、穏やかな口調と温かみのある話し方を考えれば。姿を除けば全然普通の男性だと思えるようになってきた。であれば、恐怖感を抱く理由にはならない。柘榴自身も死人となったから、そこは否定する理由にはならないだろうと。


 本を受け取っても、陸翔は変な方向に曲がった首のままにこにこしているだけ。柘榴のように、驚く客が来るとかは日常茶飯事なのだろう。悲しいことだけれど、先程誤っていて良かったと思った。柘榴も完全に受け入れてられていないが、最初程怖くは思っていない。慣れるのに、少し時間が必要なだけだ。


 そう自分の気持ちを捉えてから、柘榴は彼に本への質問を正直に頷いた。



「ふむ。拙い部分ももちろんあるが、そこがかえって味を引き出している。親子の共同作業であれば、尚更頷けられる。年月を経れば……付喪神が宿っておかしくないね?」

「つくもがみ?」

「ふむ。柘榴くんの生前では、こんなコンテンツはなかったかな? 大切にしていた道具に精霊が宿るとか……たしか、メディアとかだったかな?」

「ゲームとかアニメのこと? ここ、天国とかじゃないのに……現実世界の情報とかわかるの?」

「ふむ。よくぞ、聞いてくれた! 狭間は現世との境目。実は、特別な人間であれば行き来出来るからね? 情報交換は店を通じて、結構頻繁に行っているのだよ」



 夜光はそう言い切ると、小さな前足を使って紅霊石をぽんぽんと叩いた。そこから、ふんわりと言った具合に赤い靄のようなものが出てきて、石の色が少し薄くなっていく。



「なにそれ?」

「石そのものというより、中の染料を使うのだよ。今回は飲み物だからね? 残りの器と染料は陸翔くんの使用箇所だからさ」

「では、お借りします」



 夜光の言葉のあとに、陸翔が石を大事そうに両手に包んでから、バックヤードらしき扉へと足を向けた。音を立てて閉められてから、店内には柘榴と夜光だけになった。



「……陸翔、だけで作るの?」

「うむ。我が愛弟子は今では立派な職人だとも。最初はかなり不器用だったが、今では無くてはならない従業員さ」

「ふぅん? で、それどうすんの?」



 陸翔の努力はこれから見れるが、夜光は今から見せてくれることとなる。浮かんだままの赤い靄は、変な見方では赤いスモークのようで気色が悪い。それが柘榴の口に出来る飲み物になるのが少し想像しにくいのだ。


 夜光は、柘榴の質問に対して怒ることなく、ゆっくり振っていた尻尾を強く振り出して。



「……始まりの時。どの狭間が欲する存在。我が目に映る、妖しくも美しき血肉の石よ。我が前にいる少女の望む姿に、その形を変えよ」



 低い、耳通りの良い声が呪文のような呟きを靄に届けようとしている。


 それと、靄からキラキラと星のような発光が生じ、柘榴が目を閉じたくなるほどの強さとなっていく。魔法でもかけられたような、その展開に目が耐え切れずに目をつむってしまうと。


 数秒くらい経ったら、夜光が柘榴の制服に前足をぽんぽんと叩いてきた。



「もう、出来上がったよ? 柘榴くん」

「え?」

「目を開けたまえ」



 嬉しそうに言う彼の言葉に、ゆっくりと目を開けてみれば。


 靄がない代わりに、カウンターの上に置かれていたのは。


 喫茶店やおしゃれカフェスタイルだと思うくらい、細長いガラスのグラスの中に赤い液体と小さめのロック氷たち。縁には赤いグレープフルーツが飾り切りにされて差さっていたのだ。



「か、可愛い! お洒落!!」

「ふふん。現世風にアレンジしたのだが、気に入ってくれたようだね?」

「うん! これ、なんて飲み物?」

「いい質問だね。柘榴くんは、グレープフルーツジュースは好きかい?」

「好きだけど……赤いのって、あの宝石だから?」

「それもあるが、海外の飲み物では割とオーソドックスらしいよ。ブラッドオレンジではなく、今回はグレープフルーツのように爽やかに仕立ててみたんだ」

「へぇ……?」



 外食経験は生前でもあまりなかった柘榴なので、とにかく新鮮に映った。ひとりで行く気にもならなかったから、スマホなどでネットサーフィンする程度。それなので、実物を飲めるというのは嬉しい。飲んでいいかと夜光に聞けば、もちろんだと頷いてくれた。



(オムライスはあとだけど……宝石の、ごはん)



 母との思い出が目の前にあるとわかれば、口にしないわけにはいかない。


 本をカウンターの脇に置いて。グラスに手を伸ばそうと、右手を前に出したその時に。思いもよらない出来事が、背後で起きたのだ。



「おい、マスター!! 紅霊石の素材出たって、マジか!?」



 いきなり、玄関口の扉が大きく開けられ。ベルの乱暴な音と同時に、声を荒げながらも大声で叫んだ男性の存在。柘榴が振り返れば、目元と頬に大きな傷痕がある体格のいい大人の男性がずかずかと入っていたのだ。

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