第4話 死肉からの宝石
母と共同で作った絵本の中の世界などに、
頭の中に、靄がかかったような記憶がいきなり弾けて、その記憶たちが浮かんできたのだ。
『流れ人の子孫か?』
『残滓がいくらか残ってるな? これは素材にちょうどいい』
『良い石が手に入れられるかもしれんな? 殺すか?』
『大した力もない小娘だろう? 素材の価値があるだけマシだ』
『んじゃ、さくっとしますかね?』
死ぬ直前の記憶が、先に蘇えってきた。そのついでとばかりに、地元に戻ってきた時の『本当の記憶』の方も次々と浮かんできた。
里帰りのためにバスから降りて、懐かしさを感じるのに母との思い出が多い病院に足を向けたのだが。その場所は既に廃病院になっていた。ショックではあったがもともと古い病院だったから、その予測くらいはしていた。しかし、少しでも事情を聞こうと、近所にある役場にでも訊きに行こうとした時。
いきなり、SPかとも思うくらい真っ黒なスーツの男たちに囲まれてしまった。囲まれた時に訳が分からない会話をされたため、反射で叫ぼうとして逃げようとしたところ。腕を掴まれ、口を手で塞がれ。おしゃべりな軽い調子の男が取り出したダガーのようなナイフで、胸を一突きされた。
母の死とは違い、『殺害』という形であっけなく命を終わらされた。消えゆく意識の中で、父に無断で里帰りした事への後悔の気持ちしか湧かず。このまま、母のもとに逝けるのだとも、ほんの少しの希望も混じったのに。
実際は、気が付いたらこの喫茶店に辿り着いていたのだった。
「……思い、出せた。あたし、変な連中に刺されて」
「ふむ。紅霊石の素材と認識され、その確証を得るのに殺された。しかし、身体と魂……石そのものは、私たちの目の前にある。それだけは、救いとも言えよう」
「そうですね、マスター」
「救い?」
「紅霊石は、呪物とも言ったが。使用法によっては、万能薬にもなる。それは、言い換えれば不老不死の薬の材料とも呼ばれているのだよ」
「……この石が?」
まだ温かさを感じる、柘榴の手の中にある赤い蓮の石。この石が、そんなファンタジーのような素材となれば、あの男たちが欲しがるために柘榴を殺したのか。ここにいないのならば、目論見は失敗したようだけれど。
「とはいえ、本来はそういう使い方ではないんですけどね? 僕がマスターに教わった調理法で、真価は発揮できることは知りましたが」
「うんうん。死者の血肉からのものとはいえ、石は石。美味しく調理できる素材だ」
「は?」
とても物騒な話の流れだったのに、いきなりほんわかとした絵本の内容とそっくりの話題に切り替わった。柘榴がここに入った時も同じだったが、彼らの持つ独特の雰囲気は緊迫感を狂わせてしまうものばかりだ。
(でも、母さん側のご先祖様から伝わっている話が『本物』なら!)
この犬とゾンビのような存在は、綺麗な『宝石』を駆使して、訪れる客たちを幸せに出来る、とても美味しい『料理』を提供できる技術者たちだ。
柘榴の興味が、夜光への問いかけの時のように湧き上がっているのが表情に出ていたのか、夜光が小さな尻尾を揺らした。
「うんうん。本来の使い方で、君の望む食事をご用意しようじゃないか。お代は、基本的にこの異空間……通称は、『狭間』というのだがね。こちらでは金銭のかわりに物々交換のような仕組みで商売をしている。その石で、せっかくだから作らせてもらえないかな?」
相変わらずの低くも耳通りの良いオッサンボイスで、夜光は柘榴に向かって提案をしてくれたのだ。
その提案に、柘榴は久しぶりの『うれしい』が込み上がってきたのか、迷わず頷く。死んでいても食事が出来るのならば、母が何回も絵本を作成するときに教えてくれたあの食事がいいと、すぐに言葉にした。
「赤い卵の、チキンオムライス……がいい、です」
無理難題かと思ったのだが、二人から否定の意見はなく、さらに嬉しそうな笑顔で頷いてくれた。
「本当に口伝をうまく引き継いでくれているね? それは紅霊石で作れる代表的な料理だ」
「石の半分は、それに使いましょう。先に、マスターがお飲み物を作られては?」
「そうだね。せっかくだから、使わせてもらおうじゃないか」
「何々?」
死んだことへの悲壮感で、生前でもあった感情の希薄が酷くなるものだと思っていたのだが。
母のおとぎ話がすべて、『本物』だとわかった今の柘榴の感情はそうではなかった。小さな子どもが、新しいことへの挑戦などを心に決めた時のような、あの独特の高揚感が蘇っていたのだった。
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