第3話 人形じゃなく、ゾンビ

 感情の振れ幅が戻りつつある状態だから、余計に驚いてしまったかもしれない。だが、柘榴ざくろは本能的に叫ばずにいられなかった。


 今度は普通の男性の声かと思った矢先に、犬じゃないと振り返ればさらに異質な存在に目をひん剥きそうになってしまう。


 笑顔はまだいい、異質さを煽ってはいるが。その異質さとは、首が現実ではありえない方向に曲がっている状態。そのまま会話を可能としているのと、顔のあちこちにゾンビのような変色した色の肌があること。


 柘榴は、彼こそがおとぎ話にもあった『人形』だと理解は出来たのだが。一応は年若い女としての、ホラー耐性は低いせいで絶叫をあげるのは致し方ない。


 ゾンビの方はわかっていたのか苦笑いしていたが、カウンターにいる犬は『ははは』と笑っていた。柘榴がしがみついても、苦しそうな声を出さずにころころと笑うだけでるところ、ゾンビへの反応は犬の方としては珍しくないのだろう。



「やはり。僕の見た目は若いお嬢さんには、異質なものでしかないですかね?」



 ゾンビの方は、急に笑顔を引っ込めた。諦めたものへと変えて、柘榴の反応から自分の異質さを受け入れてもらえないという言葉を口にし、引き下がろうとした。


 その変わり様に、柘榴は瞬時に理解した。柘榴が、昔母が口にした死生観を否定した時と似て異なるけれど、同じ諦め方だと。


 だから、しがみついていた犬から手をほどき、すぐにゾンビの方に足を向けた。



「……驚いて、ごめんなさい」



 驚いたのは柘榴自身。傷付けたことには変わりない。何もしないよりは、相手を否定して避ける方が後悔する。母といっしょに作った本は、今床に落ちてばらばらな状態だが。それを披露よりもまず、ゾンビの方に謝りたかったのだ。


 腰を深く折って、謝罪の姿勢を取ると、ゾンビの方は当然驚いたが犬の方は感心したような物言いを口にした。



「ふむ。きちんと礼節を重んじているようだ。良かったね、陸翔りくとくん」

「……はい、マスター」



 ゾンビにはきちんと名前があるらしい。カタカナではなく和名なのが、柘榴は不思議に思ったけれど。だが、よくよく考えてみればこの場所では犬も含めて、『日本語』が通じていたのだ。それなら、なんら不思議ではないと思い直した。



「ん? マスター?」



 それと、もうひとつ。やはりこの犬が母の家に伝えられていたおとぎ話の主人公の犬の店長。それらしき事実が、陸翔の口から出ていた。柘榴が犬に聞くと、犬は尻尾を小刻みに揺らしながら笑顔になる。



「そうさ。私がこの店、『永遠とわ』のマスターを務めている夜光やこうという者だ。お嬢さん、お名前を聞いてもいいかな?」

「……久乃木くのぎ柘榴ざくろ



 穏やかな話し方なのもあり、妙にしっくりくる。ついでとばかりに、彼から柘榴の名前を聞かれたため、反射で答えてしまった。



「随分と、斬新な名づけだね。冥府への誘いに使用されたとも言われる神々の供物。今では高栄養なことから、女性に大人気の果物。可愛らしいお嬢さんにぴったりの名前だ」

「……なんか、説明がわかりにくいんだけど」



 名づけの意味は、母が早くに亡くなったことであまり覚えていない。父とは今では必要最低限の会話以外する機会がないため、雑談もここ数年まともにしていないのだ。だから、誰かに名前について感心をもたれるのは初めてだった。



「マスターは知識所有が常人を超えていますからね? 現世の知識も積極的に取り入れていますし、僕が生前いた現世よりもあとの情報もこの店に組み込んでいますから」

「え? 陸翔……さんって、やっぱ死んでる?」

「こう見えて、江戸末期の人間なんですよ。名前も以前の名前じゃ呼びにくいので、マスターに名付けていただきました」

「そ、そんな古いの!? この店!」



 洋風の建物。母の家に伝わるおとぎ話。せいぜい数十年前だと思っていたつもりだったが、意外過ぎてつい大声を出してしまう。造りとしては、柘榴の時代に普通にあってもおかしくない感じだから、てっきり建て直したものだと思っていた。



「私の生きていた時代も相当古いし、以前は人間だったんだよ? まあ、そのようなことはさておき。……柘榴くん、せっかくだから食事はどうかな? 陸翔くんも言っていたように、君のポケットには素敵な石が隠れていたしね?」

「……石?}



 空腹は多少感じていたが、陸翔が現れたときにも言っていた『石』とやらがよくわからない。しかし、夜光の方も認識しているようだ。身につけている制服のポケットすべてを念のためにあさってみれば、スカートの右ポケットにたしかにいた。


 ただし、石っころどころかオブジェのような結晶体。


 薄っすら透けている、赤い蓮の花の形。触れてみると、冷たいはずの石が温かく感じた。



紅霊石こうりょうせき。死人の血肉を使って精製される、特別な呪物。何故、君のような若いお嬢さんが所有しているとくれば」

「……嫌な考えが浮かびますね」



 綺麗なものには毒がある。


 そんな文言が浮かぶくらいの、気味の悪い説明が続く。


 ふいに、里帰りをした地元。


 母が亡くなった病院は跡地すらなく、かわりにおとぎ話の喫茶店が鎮座していた。しかし、この場所は現実ではなく異世界のような空間。加えて、人外が平気で言葉を話していて、柘榴も驚いたが受け入れる精神であった。


 それは、つまり。



「あた、し……死んでいるの?」



 手にしたままのあたたかい赤い蓮の石。


 それを手にしている事実が、現実離れした空間にいる事実も加えると。


 おとぎ話どころか、それ以上に異質な存在になっているのは柘榴本人だという真実でしかないのだ。

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