第55話

月子はついこの間、じつはロスの家を買った。

という彼の秘密の暴露を聞いたばかりだったので、


(この人はお家を買うのが趣味なんだろうか・・・)


と真剣に思ったほどだった。

ロスの家は普段は人に貸しているらしかったが。



秋になり、ナイトの全国ツアーが始まった。


来年の三月まで何十公演にもなる大規模なものだった。

今回のツアーはナイトの節目となる。

その合間に、他の取材や撮影などをこなし、

寝る間も無いほど、多忙な毎日となった。


約2週間ぶりにアサトが帰宅した。


「つきこぉ、ただいまー」


疲れも見せずに嬉しそうに抱きついてくる。


「おかえりなさい!大丈夫?」


久しぶりの食卓。彼女はアサトの健康を気づかってパワー系のメニューでテーブルを埋め尽くした。


「ああ、久しぶりだなぁ。どれも美味しそうだ!

月子こそ、元気そうでよかった。

そうそう、おとといのライブでさ、君にそっくりな子がいて

思わずガン見しちゃったよ。ははは。

会いたすぎて、おかしくなっちゃったんだな」


食事を美味しそうに口に運びながら彼が言った。


「ふーん。どんな子だったの?」


「月子よりも若いかも。10列目ぐらいだったかな、

なぜかそこにばかり目がいっちゃってね、まいったよ」


彼女は興味深そうに、彼が食べる姿をニコニコと見ている。


「その子もあなたの視線がやたら飛んでくるから、

きっとびっくりしたでしょうね。ふふふ」


「しかし、良く似ていたな。

というか、月子さ、今回のライブ全然来てくれないんだね、

やっぱり・・・たまには君に見てほしいなー」


アサトは珍しくちょっと拗ねたように、遠慮がちな目をむけた。


「・・・行ってるよ、わたし」


サラリと月子が答える。


「ぶっ、えっ!?まじかぁ?

月子、来てるの?いつ?チケット誰からもらってる?」


アサトの食事の手が思わずとまる。


「ふふっ。結構あっちこち行ってるんだよ。

あなたの事務所に言うとさ、

いい席手配してくれちゃうじゃない?

それだとなんか悪いし、皆さんも気を使うから、

自分でとってるの」


「えーっ!なんでそんな事、する必要ないのに。

まいったな、チケットは一般で取ってるの?」


「ううん。ファンクラブ先行のチケットとってるよー」


さらりと月子がつづける。


「ええええ!?月子、ファンクラブ入ってる・・・とか?

ちょっと、いつの間に」


彼はとうとう椅子から立ち上がってしまった。


「ファンクラブはお母さんの名前で入ってるの。

流石に、私の名前だと恥ずかしいから・・・

もぉ、アサト、落ち着いてよーふふっ」


「落ち着けないよっ!びっくりしたなぁ、もう。

なんで、黙ってきてるなんて、思いもしなかったからさ」


「ごめんなさい。だって、

私がいると、あなた、私のほうばかり見ちゃうでしょ?」


「・・・うう。まぁ、たしかに」


アサトが少しひるむ、何も反論できない。


「それに、ライブ終わっても、私と食事したりするから、

関係者の皆さんに、なんか、悪いかなって。妻として・・・」


彼はテーブルのこちら側に回り込んで、月子を抱きしめた。


「奥さんだからって、遠慮なんてすることないのに。

僕が、君といっしょにいたいんだから。

でも、月子のそういう思いやり、すごいなぁ・・・感動した。

ってことは、おとといの10列目は、君だったの?」


「・・・うん。私。

ほんと、アサト、私の事あっさり見つけちゃうんだもん、

すごい焦っちゃったのよ。嬉しかったけど」


「あははは、やっぱりそうだったのか、そうか、

すごいな僕って。うんうん、やっぱり月子だったのか・・・」


「ごめんね。たまたま前のほうの席取れちゃって、

いつもはわりと後ろのほうか、二階とかなんだけどなー」


アサトは彼女の頭を両手でつつみこむと、


「月子・・・君がこっそり来てくれていたのは、

ほんとうにうれしいよ。ありがとうな。


でも、僕の知らないところで、もし、君に何かあったら、

また誰かが襲ってきたら、僕は耐えられないよ。


今までは無事に済んだから、ラッキーだった。

だから、お願いだから、こっそり来るとかはやめてくれない?」


彼は冗談ではなくおびえていた。

無防備な状態で彼女が僕の妻だと気づかれてしまったら、

どんなことが起こるか、予想がつかなかった。


月子は、彼に迷惑をかけまいとしてとった行動が、

逆に彼を不安にさせてしまったことを、深く後悔した。


「アサト。ごめんなさい。

そうだよね、あなたが知ったら心配するのに、

私ったら、ほんとうにごめんね、もう、しないから

安心して?」


彼はホッとしながらうなづくと、


「でも、ライブには来てくれるんだよね?

たまにで、いいからさ。来て?」


そう耳もとで囁いた。

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