第54話
三人で肩を並べて帰ってゆく姿を見送りながら、
「・・・アサトは、こうなるってわかってたんだね?」
そうアサトに言った。
「いや、まさか!ここまでうまくいくとは思ってなかったよ。
でも、最初から野々村が奥さんの事嫌いで別れたんじゃないって言ってたから、それがちょっとひっかかってさ、
呼び出せば?って言っただけだよ。あはは
しかし、すごい展開だったな・・・よかったよかった」
「さすがです。それにしても、ほんとによかったぁ」
月子は彼にギュッとしがみついた。
初夏の新緑の香りが夜の歩道から香っていた。
「月子こそ、よく気づいたね、杏子さんの足」
「うん、彼女が最初入って来たときアレって。
そのあと、化粧室から歩いてくるとき、
やっぱりなんか様子が変だなって思ったの。
日ごろから足痛めたダンサーたくさん見てるから、もしかしたらってね。
あと、杏子さんが『もう踊らない』って言葉がひっかかっちゃって。彼女、強がってたんだね・・・」
「きみも流石だな。名探偵みたいだ」
それから、野々村と杏子がお礼に来たり、
杏子が杏を連れて遊びに来たりと、
今ではすっかり親交を深めていた。
野々村と杏子は完全に復縁したわけではないようだったが、
杏を通じてうまくやっているようだ。
「でも、正直に言うと最初は驚いたな。
元旦那に呼び出された家に、ナイトがいるんだもの」
杏子が言った。
そろそろ梅雨も開けそうな、初夏の陽気の中、
月子と杏子はあれ以来ぐっと親しくなり、
3人で動物園に遊びに来ていた。
「あら、杏子さん海外生活長いのに、ナイトの事ご存知だったんですか?」
「それくらい知ってますよー、結構歌も聞いてたから。
だから最初は(ナイトによく似た旦那様だな)って、
ほんと、びっくりしました。
でも、あの日はそれどころじゃなかったからね・・・」
「あはっ。そうだったんですね。
でも、本当に良かったです。
野々村さんと杏子さんが仲直りできて」
「えへっ、仲直りなんて・・・そんなんじゃないですよ、
杏のために、お互いが歩み寄っただけですよ」
杏子が少し赤くなってやけに否定する。
「あら、わかりませんよ。
お二人とも嫌いで別れたんじゃないんですよね?」
「えっ、ええ。
それはそうなんですけど、私たち、結婚しているときも
喧嘩ばかりしてたから、性格合わないのかも。
これぐらいの距離のほうが、なんか楽かもしれないです」
一生懸命弁明する杏子がなんだか可愛く見えて、
月子はニコニコと見つめていた。
「なんか、今日はやけに楽しそうだね」
帰宅したアサトが月子の顔をのぞきこむ。
「ん?んふふ。ちょっとね。
杏子さんと野々村さん、どうなるのかなーって。
考えてたら、顔がゆるんじゃった」
「あの二人か。どうなんだろうね。
二人とも冷静だから、慎重になっちゃうんだろうな、
相手の気持ちをお互い探ってる感じだしね。あはは」
アサトは最近、ドラマの撮影に入っていた。
「そういえばさ、このあいだロケで行ったところ、
都心とは思えないぐらいいい感じの街でさ。
明日、オフだからドライブに行かない?」
(やった。アサトとドライブ、久しぶりだなー)
月子はうんうんとうなづいた。
「ここなんだけどさ」
彼の白いスポーツカーが塀に囲まれた森のような一角の前でとまった。
都心には珍しく閑静な住宅地である。
塀の門は開いており、アサトはズンズンと敷地の中に入っていく。
「ちょっ、勝手に入ってもいいの?」
月子は心配しながら着いていった。
もともとは中央に家屋があったのだろうが、
今はぽっかりと空き地になっていた。
その周りには大きな木立が取り囲んでいる。
それにしても、かなり広い敷地である。
「どうかな?」
アサトが腕を組みながらぼそりと聞いた。
「はい?」
「ここ、どう思う?」
「どう、思うって・・・広いね。
静かだし。都心とは思えないね」
月子は見て感じたとおりの答えを言う。
「・・・ここに引っ越そうか」
アサトが言った。
「ん?へっ?ひ、引っ越す?」
「うん。ここに僕たちの家を建てようかなってさ」
「えええええええ!」
お決まりの月子の驚く声だった。
そう、アサトはこの土地をすでに購入し、
しっかり屋敷の図面まで用意していたのである。
見取り図を地面に広げると、
子供のようにしゃがみこみ、
ここがこうで、ああで、と月子に熱心に説明をはじめた。
月子も隣にしゃがみ、
彼の話にうなづきながら、たまに目を細めて彼の横顔を見ていた。
このまま話が進めば来年の春には屋敷は完成するだろう。
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