第51話
「おはよう。あなた」
いつもとかわらない月子の笑顔を見たとき、
僕がどれほどホッしたか彼女は知るよしもなかった。
ベットから飛びだすと、彼女を強く抱きしめ、
「きのうはごめん」
と言うと、月子はポカンとして、
「なにー?どうしたの?」
「いや、きのうはあんなところで・・・きみを」
彼女は頬を赤らめ、
「私こそごめんね。
あの大きな寝袋の中で、私、寝ちゃったんだよね。
あの寝袋、中がフカフカですごいあったかいんだもの。
お風呂のお湯にぷかぷか浮いているみたいな感じだったよ。
アサト、部屋まで運んでくれたんでしょう?ありがとう」
彼女はくったくなくそう話していたが、
きのうはそのまま儚くなってしまいそうだったことは言わないでおいた。
「いや。ほんとうにごめんね。
君が色っぽすぎて、
ほんと、バカだったよ。すごく反省してる」
「やだなぁ、恥ずかしい。
素敵な夜だったよ。嬉しかった
キャンプみたいで楽しかったし」
エプロン姿の彼女は僕に軽くキスをすると、部屋を出て行った。
正月1日、2日と、来客者たちはそれぞれの予定にあわせてポツポツと帰っていった。
残っているのは星也とユウカだけになった。
僕たち夫婦が明日には出発すると言うと、
もうしばらく沖縄に滞在して、
ユウカを観光に連れていくと星也が言ったので、
僕たちは家の戸締りを星也にまかせ一度東京の自宅にもどった。
「ねえ、あの二人、とっても仲良しだよね」
帰りの飛行機の中で月子が言った。
「ふたりって、星也とユウカ?」
「うん。よっぽどウマがあうのかしらね、
沖縄の次は京都と札幌に行くって言ってたよ」
「そうなんだ。アネゴと舎弟みたいなもんかな。
不思議な二人だね」
月子は全く気付いていないようだったが、
星也がユウカに好意を抱いていることはうすうす感じていた。
(星也、がんばれよ)
心の中で星也にエールを贈り、僕は密かに微笑んだ。
事務所と月子の実家に年始の挨拶を済ませると、
僕らは再び機上の人となった。
やはり東京ではゆっくり休むことが出来なかった。
人目もあるので、結局マンションにいるばかりになってしまう。
月子は、
「外出なんてしなくても、二人でいられるなら私はいいのに」
そう言っていたが、僕がだめだった。
たまの休みだから、もっと月子と色々なところへ行って、
彼女を喜ばせたかった。
二人で考えたあげく、温かい国に行く事にした。
香港、マレーシア、シンガポールをゆっくりと周り、
日本に帰国したのは1月も終わりの頃だった。
滞在先で仕事をこなしたり、作曲をしたりと、
案外日本以外でも仕事ははかどるものだと改めて思った。
なにより月子と買いものや観光、ドライブを楽しむことができた。
こんな自由な生活は、この仕事を始めてから経験したことなかったし、もちろん、結婚してからもはじめてだった。
国内でも人目を気にせず自由に出かけることが出来ればよかったが、やはりすぐに人に囲まれてしまい、
たいへんな騒ぎになってしまうため、もはやそれは叶わないことだった。
僕が人に囲まれることはある程度我慢できたが、
月子が写真を撮られたり、あとをつけられ、追い回されるのは許せなかった。
自分のファンは温かく見守ってくれてはいたが、
やはりマスコミは容赦がなかった。
そのことで何度抗議をしたかわからない。
帰国すると、僕たちはそれぞれの仕事へとシフトしていった。
月子はバレエの公演で全国を回り、
僕もアルバムの制作やテレビ、雑誌、
次のライブの準備など、目まぐるしく季節は過ぎていった。
5月になると、月子のバレエの公演も無事に終わったようで、
相変わらず稽古には通っているものの、
彼女は家にいることが多くなった。
月子はそれはそれで楽しんでいるようだった。
「でね、野々村さん、公演のあとから顔だしていないから、ちょっと心配なんだよね」
夕食をとりながら、月子がそう話していた。
僕は野々村が渡航の準備に入ったのだと思っていた。
そんな折、
ちょうど僕も月子もオフの日に、
野々村が突然自宅に遊びに来た。
また少し大きくなった杏が野々村の後ろからひょっこりと顔を出し、月子の姿を見つけると抱きついた。
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