第50話

「・・・君とこうして花火見たかったんだぁ。

ああ、そろそろ終わりかな。

もう少し、玉数多いほうがよかったかな・・・」


そう、ポツリとつぶやくように言った彼の顔が、

まるで少年のようで、横顔がほんとうに綺麗で、

月子はまたしても泣いてしまった。


こらえられずに、花火が終わるとともにアサトの胸に顔をうずめた。


(もう・・・なんていう人なんだろう。

花火も嬉しいけど、

いとしさと、尊敬と、感謝と・・・

もう、わたし、泣くしかないよー!ううう)


「・・・つきこ?泣いてるの?

まさか花火が終わっちゃったからじゃないよね?」


アサトが焦って顔をのぞきこんでくる。


(・・・ちがっ)


月子はぐしゃぐしゃの顔でうつむき、しゃくりあげていた。


何も言葉を返すことも出来ない。

この数か月、ずっとこらえていた何かが、

彼女の心の中ではじけ飛んだのかもしれなかった。


「よしよし。今度はもっと大きな花火みせてあげるからなっ」


彼は月子の頭を自分の胸にギュッとおしつけて、よしよしとなだめた。


(うううっ。アサト・・・

私、あなたのこと、ほんとうに大好き)


「だいじょうぶかぁ?

ティッシュあったかな、

ほら、顔見せて・・・うっ」


そう言って、

もう一度月子の顔をのぞきこもうとした瞬間、

月子はアサトの首に腕をまわし、

自分から彼の唇ふさぎ押し倒した。


(わっ!つきこ?)


息もつけないほどの激しい口づけに、

アサトはちょっとびっくりしたが、

その熱いキスの意味を、すぐに彼も理解した。


「あぁ・・・月子・・・愛してるよ。

だから、もう泣かないで」


今度はアサトが上になって彼女の顔に光る涙をぬぐう。


「ごめっ、なんか、また泣いちゃった。

花火もだけど、あなたの顔みてたら・・・ううっ」


「ほらっ、もう・・・泣かないで。

月子。ハッピーニューイヤー」


ようやく涙がとまって、暗闇にも慣れ、

月明かりの砂浜に寝転がりながら見上げたアサトの顔は、

優しくて、神々しくて・・・


「・・・はぁ・・・アサトぉ。ごめん」


「ん・・・落ち着いた?」


「・・・うん」


「月子がさ、あんなに積極的なの・・・はじめてかも」


アサトが満足げに目を細める。


「あっ、あれはっ、、、

忘れて・・・クダサイ」


「感動した・・・

今のキスは、まじで脳天つきぬけた」


「・・・」


少し冷静さを取り戻した月子だったが、

まだ胸の鼓動はおさまらなかった。体の奥が熱い。


(ここで抱いてほしいって言ったら、アホだよね。

でも、だめ。私、今日おかしいよ・・・)


「いま、抱いてほしいって思ったでしょ?」


アサトが鋭くそう言った。


「えっ、どう・・・して?」


「ふっ。君の顔に・・・書いてあった」


そう言いながら、アサトは再び覆いかぶさり、

キスの雨を降らせる。


月子が何か言おうとしても、もう何も言わせない。


「うっ・・・あっ」


(どうしよう、こんなところで・・・でも・・・)


「大丈夫だよ・・・

ここには、だれも・・・こない」


(ほんとう?・・・)


「それに、この敷物・・・

じつは寝袋なんだよね、中に入ろう?」


(え!?)


月子が驚いたのはほんの一瞬。

あれこれ考える隙も無いほど、

彼は餓えた獣のように荒々しく彼女を求めた。


何度も遠のく意識と波の音がシンクロして、

まるで深海に引きずりこまれるような感覚が月子を襲った。


そのたびにアサトを探し、我に帰ろうとするが、

またすぐに次の波にさらわれる。


自分がどんな声で鳴き、ここがどこなのか、わからなくなる。


どのくらい時間が過ぎたのか。

それとも過ぎていないのか。


彼女はうっすらと目をひらいた。


船酔いに似た感じで頭がクラクラする。


「つきこ」


「波の音に・・・酔った・・・みたい」


再び目を閉じる彼女の顔は驚くほど青白かった。


「ごめん」


「へいき・・・すぐに治る・・・から」


こうしてぐったりとまどろんでいる彼女は、

妖しい人魚のようにいっそう艶めかしく、

果てしなく僕を誘い続けている。


僕はまた湧き上がってくるものを抑えようとしていた。


(・・・だめだ・・・)


今夜の彼女は、気を失ったら二度と戻って来ないのではないかと思えるぐらい、

海の龍神にさらわれてしまいそうなほどの儚さだった。


僕は少し後悔しながら、月子を寝袋でくるみ抱きかかえ屋敷にもどった。


まだ朝は遠かったが、屋敷はシンと静まり返り、みんな寝静まっていた。


ベットに彼女を寝かせると、

傍に横たわり、様子を見ずにはいられなかった。


彼女を喜ばせようとしたが、理性を失って彼女を抱いた。


いつ眠りについたのかわからなかったが、朝、元気を取り戻した彼女に起こされるまで、僕は泥のように眠っていた。

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