第47話
僕は、この男のこういう率直なところが気に入っているのかもしれない。
そして、彼はクールな外見とは裏腹に純粋な心を持っている。
幼い子供を引き取って必死で育てているのも、
ダンサーとしてトップに立っているのも、
僕には、尊敬できる男だと思えた。
男として全力投球で生きている気がした。
月子の話では、彼に恋い焦がれる女性も少なくないようだったが。
年の瀬とは思えない、まるで春のような陽気が運ぶ海からの温かい風がシャツのあいだを通り抜ける。
「気持ち悪いって、あはは。
そんなことないですよ。
野々村さんが本気出したら、
月子を奪われていたかもしれないです。
なんだろう、
あなたは大人の男として、とても魅力的ですからね。
僕は、月子から自由な生活を奪っているし、
寂しい思いもたくさんさせているから。
あぶなかったな。あははは」
野々村はフッと笑って目を細めると、
「いや、月子さんを見ていればわかりますよ。
彼女はあなたに夢中だ。
あなたがスターである前に、魂でひかれているって、
妬けるぐらい感じますよ」
そう言いながら、野々村が真剣なまなざしを僕に向けた。
僕は少し照れくさかったが、
礼のかわり野々村に微笑み、目を閉じた。
なんだか変な話の展開になってしまったが、
僕の留守中に月子が野々村に心をひらき、
癒されていたことはこの男を見れば良く分かった。
「パパー!見てぇー」
杏がポーチの僕たちに駆け寄ってきた。
赤ちゃんをやっとぬけたばかりのまさに可愛い盛りだ。
転びやしないかと見ているこっちがハラハラしてしまう。
「また二人でボーイズトーク?ふふふ」
月子も杏の後ろから戻って来た。
「君たちの仲の良さにはかなわないよ。ガールズトークは終わったのかな?」
「ええ。あの東屋でお絵かきしていたの。
杏ちゃん才能あるかもよ。
はいどうぞ。ってパパに渡して」
杏が何かのツタをリボンのようにからませた画用紙を野々村に渡した。
そこには、クレヨンで書いた棒人間のようなものが二つならんで描かれていた。
「どれどれ、ぷっ!
さ、3歳にしては、すばらしいな!
杏、とても上手にかけたね。ありがとう」
そう野々村が杏を大げさに抱きしめると、
杏はケラケラと嬉しそうに笑った。
「子供って、ほんとうに天使だよね」
月子が隣でスヤスヤと寝息をたてる杏を見ながら静かに言った。
「うん。起きているときは休みなく動いてるのに、
電池が切れたように突然寝るのにはびっくりしたよ。
かわいい小動物だね」
僕は子供が嫌いではなかったが、
まだ天使だと思えるほど慣れてはいなかった。
正直、小さな台風のようで驚くことばかりだ。
でも、月子は子供に慣れているのかこの小動物と仲良くやっている。
「ぷっ。たしかに。小動物だね。ふふっ」
「・・・しかしな、
この・・僕たちの真ん中に寝るってのは、
どうなの?」
僕たちは杏を挟み、向かい合っている。
「月子・・・こっち、おいでよ。
空いてるし・・・」
僕はベットの右側をトントンと叩いた。
「だめよ。杏ちゃん起きちゃうもの。
それに、他の部屋にみんないるし」
「大丈夫だって。何にもしないから。きて・・・」
お願いするアサトの顔があまりにも可愛いので、
月子はからかうように首を横に振った。
「アサト、ほら見て。
杏ちゃん、私の胸元、掴んでるよ」
見ると、うつぶせになって爆睡しているくせに、
右手はしっかりと月子の寝間着の胸元をにぎっている。
(むむっ、コイツ、なかなかやるなっ)
僕は諦めきれずにそっと起きあがると、
ベットの左側、月子の背中にするりと入った。
後ろからぎゅっと抱きしめ、
長い髪をかき分けて首筋に顔をうずめる。
「・・・うん、これはこれでスリルがあっていいな」
そっと、左手で彼女の曲線に手を這わせる。
(駄目だっ、理性がもたない)
「あっ。もぉ、ほんとに、駄目だからねっ、
その手っ・・・」
そう言いながら、月子が僕の手を握りしめて静止させた。
「・・・おねがい。ねっ」
月子が頼み込むような顔で、僕の顔を覗き込む。
めちゃめちゃ色っぽい顔で。
「・・・月子。もう何日もしてないし、
今だってもう・・・
はぁ・・・わかった
・・・そんな可愛い顔をして頼まれたら、
我慢するよ。気合でね」
僕は苦笑しながらもおとなしくそう言うと、
月子は(ありがとう)と微笑んだ。
僕は彼女をあらためて包み込み、背中で目を閉じた。
月子は、背中に大人しくなったアサトの穏やかな鼓動を感じながら、
彼が回した腕をそっと胸元に引き寄せ、肌の香りをかいだ。
フワッとかすかに香る彼のコロン。月子の大好きな匂い。
白銀色の月明かりが美しい夜だった。
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