第45話

「うん。こんな長い休みは今までなかったし、

どうせならあったかいとこでゆっくりしたいしさ。

東京はほんと寒いよ。

ロスは暑いぐらいだったから、この寒さは耐え難くてさ」


「くすっ。アサトはほんとに寒がりなんだから

・・・じゃあ、久しぶりにくっついて寝ましょうかね」


月子が何ともなしに言った言葉に、

アサトが一瞬キョトンとした顔をして、ニンマリと笑った。


「その言葉、待ってた!

まさか君から誘われるとは」


「あっ、ちがっ、そういう意味じゃなくてっ」


アサトはいたずらな笑みを浮かべて、唇を遮ると、彼女をソファに押し倒した。


「あっ、ちょっ、まっ・・・て」


「待てない・・・」


彼の艶っぽい声と熱い吐息が首筋にかかり、

口づけのシャワーを浴びたところが一気に熱をおびてくる。





僕たちは次の日あわただしく出発し、

沖縄の三日月形の家、

クレッセントハウスと名付けたお気に入りの場所でクリスマスを過ごした。


日に何度かはアサトの事務所から仕事に関する電話がかかってきたが、

帰国直後ということもあって、彼の完全オフに異論をとなえるスタッフは幸いいなかった。


この仕事をはじめてから十数年、ずっと駆け抜けてきた。

彼はこんなに長い休暇をとったのは初めてだった。


月子と出会う前は、がむしゃらに休みなく働くことで自分の存在を確かめていたけれど、

今こうして波の音を聞きながらポカポカとあたたかな陽射しが降り注ぐポーチでゆったり座っていると、


(じつは、休暇というのは無理に作るものなのかもしれないな)


忙しいと言って休めなかったのは、休まなかったからで、

休暇を楽しむために仕事をするのもアリなのかも、

などと考えていた。


自分にこんな穏やかな日々が訪れるとは、彼は夢にも思わなかった。



ビーチの向こうから朝の散歩を終えた月子が歩いてくるのが見える。

僕はそばにあった望遠カメラのファインダーをのぞく。

僕のお得意技、のカメラ小僧だ。


彼女は何か歌っているんだろうか。


口をパクパクさせながら、あたりをキョロキョロし、

ときおり地面や周りの木々に何かを見つけると、しゃがんだりしている。


(あはは。まるでどっかの幼稚園児みたいだな・・・)


そんなことだから、姿は見えているのにちっとも前に進まない。


(ほんとに月子は・・・)


自分がとうの昔に忘れていた純真さをずっと持ち続けている彼女がいとおしかった。

そして、少し羨ましかった。


(お、今度は流木の枝をひろったぞ、ガキ大将か)


ひとり、月子の行動を実況しながら、

ときおりシャッターを切る。



月子が僕の姿に気づき、手を振って駆け出した。



「はぁ、はぁ、おはよ。

アサト、トレーニングは終わったの?

私は朝のパトロール完了です」


息をきらし、靴の砂を払いながらヨロヨロしている。


「パトロールって、あはは、

どっかの飼い猫みたいだな?

つきこさ、さっき歩きながら大声でなんか歌ってたよね?」



「え?何でわかったの?

ふふ。ナイトの歌だよ。

あの元気のでる曲。題名なんだっけ?」


僕は椅子からずっこけそうになった、


「ナイトの曲って・・・知ってるんだ歌詞とか」


彼女が僕の曲を聞いているとは、知らなかった。


「知ってますよぉ。ナイトのファンだもん。

いつもイヤホンで聞きまくってるもの。

バレエのバーレッスンで使えるテンポの良い曲もあるんだよ、ふふふ」


得意げな顔をして目を輝かせている。

まるでナイトと僕が別人であるかのように自慢げに。


「そ、そうなんだ。それは、どうもありがとう」


僕は、嬉しいような照れくさいような気分で必死に笑いをこらえた。


こちらでは、都会ほど変装しなくても地元の市場などに買い物に行けた。

中心市街地から離れているせいもあり、

シーズンオフともなれば観光客はほとんどいない。


月子と僕は市場で正月の食材を買い込み、

ついでに月子がお気に入りだというアイスクリームを食べた。


帰り道、おばあの家に立ち寄り、

畑で採れた野菜をもらったりして。

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