第42話
月子の手はかじかんでいたが、一所懸命待っていてくれたファン達もさぞ寒かっただろう。
アサトがいつもそうしているように、月子も最後まで笑みを絶やさずに対応した。
一段落して、何気なく会場の門のあたりに目をやると、人影が見えた。
(・・・まさかね。そんなわけないか)
一瞬、アサトに見えたが、月子は見間違えだと自分に言い聞かせた。
それでも気になってもう一度、暗闇に目を凝らす。
黒いロングコートに身を包んだ人影がゆっくりとこちらに近づいてきた。
ニットの黒い帽子を深くかぶり、大きなマスクをしていたが、夜でもめったにはずさないサングラス・・・
(あれは・・・)
月子は動けずにいた。
どう見ても男はアサトに見えるが、頭ではアサトはロスにいると思っているので、混乱して足がうごかない。
(第一、こんな人の多いところにアサトが一人で来るわけがない)
月子はなぜか否定する理由を数え上げていた。
すると、男は月子から数メートルはなれたところで立ち止まり、両手を少し広げた。
と同時に、月子は駆け出し、男の胸に飛び込んだ。
人目もはばからずに。
「アサトぉ!」
彼はマスクをあごの下にずらすと、
「ただいま。月子」
とこぼれる白い歯を見せた。
その場にいた何人かは早くもその男がナイトだと気づき、ざわついていた。
しかも、バレエダンサーの月子と抱き合っているのだから、
彼らが夫婦だと知らない人達はザワザワとしている。
「きゃっ、なんかステキ」
「やばいよね。あれ、ナイトだよね?」
「月子さんとナイトって付き合ってんの?!」
「違うよ!あの二人、夫婦だよ」
「えーすごっ、そうだったの!?ビッグカップルじゃん」
そんな会話が飛び交う。
「舞台、間に合わなくてごめん。
お祝いの花も持ってこれなかったよ」
「ううん、いいの。
そんなことより、なんで?ユウカさんは大丈夫なの?」
ユウカはタクシーにぶつかり、病院に運ばれたがすぐに気が付いてアサトに次の便で出国するように言ったらしかった。
腕を骨折してしまったが比較的元気で、星也がしばらく現地で付き添うと言ってくれた。
アサトは急いで飛行機に飛び乗ったのだった。
「なんかさ、空港でアクシデントとか、ほんと焦ったよ。
いつかの君のこと思い出してさ、またかってね」
「大変だったね。
ユウカさん、大けがじゃなくて良かった。
星ちゃんが付き添いとか、ちょっと心配だけど」
アサトは月子の頭をなでながら、フッと笑う。
「大丈夫だよ、星也は君が思う以上にしっかりしてたよ。
ほんと、そばにいてくれてどんなに助かったか知れないよ」
「うふふ、そうなんだ。
あの子も大人になったんだね」
アサトは人目もはばからず、月子を自分のコートで包みながら、
頭一つぶん背の低い彼女の頭越しに白い息を吐いた。
「しかし、ほんとにこっちは寒いな」
「コンコン・・・ちょっとぉ。
いつまでそこでイチャイチャしてるのかーい?
こっちが照れるわ!
少しは周りの目も気にしてくださいよねー」
二人をしばらく見ていたクミがしびれを切らして割って入って来た。隣には野々村もいる。
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