雪待ち人
第41話
(アサト、来なかった・・・)
公演のカーテンコールが終わり、会場の人がパラパラと帰途につく姿を、月子は舞台の袖からぼんやりとのぞいていた。
舞台は大成功だった。
アサトについて行かない選択をしてから死にもの狂いで稽古をした甲斐があった。
月子本人もパートナーの野々村も興奮し、嬉しくて感動していたが、ふと我に返ると、月子の心は定まらずにいた。
会場のどこかからアサトがひょっこりと顔をだすのではないかと目を凝らしてみるが、やはり、彼の姿はない。
(きのう、向こうを出発したはずなのに、何かあったのかしら)
月子は仲間に笑顔であいさつをしながら急いで楽屋にもどり、
携帯の着信を見る。やはり何もない。
(飛行機が遅れているのかしら、それとも乗り遅れた?
だとしたら何か連絡が入っているはずなのに。どうしたんだろう?!)
「ああ、そうだ。星ちゃん!星也に電話っ!」
慌てて星也に電話をかけてみる。
しかし、楽屋の電波が悪いのか、ちっともつながらない。
(はぁ。落ち着かなくちゃ、
きっと、何でもない。大丈夫。
とりあえず、着替えて、外に出て、電波のあるところで電話しよう)
月子は深呼吸をしながら自分にそう言い聞かせた。
着替えを済ませ楽屋を出ようとしたとき、
まだざわつく楽屋の入り口からクミが顔をのぞかせた。
「つきこ!」
なにかクミも慌てた様子である。
「クミちゃん!
アサトが、アサトが来なかったの!
今日帰ってくるって言ってたのに、連絡もないし、
どこにも来てないの!」
「大丈夫だよ月子!今朝、連絡あったんだよ。
月子が心配するから舞台が終わるまでは言わないでって。
とにかくアサトは大丈夫だよ」
クミは月子の両肩に手を置き、なだめるように早口で言った。
「へ?いったい何があった・・・の?
アサトはどこ?」
「アサトはまだロスなんだよ。
出発前にトラブルがあって、帰るのが少し遅れるって」
月子の顔が一気に青ざめる。
「トラブルって!?なに?
アサトに何があったの?」
「ううん、アサトに何かあったんじゃなくて、
スタッフのユウカさん。
空港に見送りに来て事故にあったんだって。
それ以上詳しくはわからないけど。
それで、アサト達、病院に付き添って様子みてるって、
星也君から連絡あったの」
(ああ・・・)
月子はくずれるように床にヘタり込んだ。
「ユウカさんが事故って!?大丈夫なのかな、
とりあえずアサトは無事なんだね・・・」
「うんうん。
とりあえず、月子も疲れてるんだから、家で連絡を待とう」
クミと一緒に会場の関係者口から出ようとすると、野々村が追ってきた。
「月子さん!」
「野々村さん。お疲れ様でした。・・・」
「月子さん、だいぶ疲れているみたいだけど大丈夫?」
(いけない。顔に出ちゃってるんだ、
みんなに心配かけないようにしなきゃ)
「はい、大丈夫です!
本当にありがとうございました」
月子はお辞儀をすると笑顔を見せた。
外に出ると、底冷えするなか、
野々村のファンが花やプレゼントをかかえて何十人も待っていた。
流石にバレエ界のプリンスを前に突進してくるファンはいなかったが、
野々村はあっという間に取り囲まれ、サインをせがまれている。
「ありゃりゃ、野々村さんもすごい人気だね」
クミは驚いてつぶやいた。
「ほんと。実はあまり思ったことないけど、
すごいイケメンだし、バレエの実力もすごいしね。
しかし、ほんとすごい人気だね」
「つきこ、あんたも他人事じゃないみたいだよ、ほらっ」
気づくと月子も数人の女性に取り囲まれていた。
みんな目をキラキラさせている。
(ええ!?・・・わたし?)
ちょっと訳がわからなかったが、
月子も今日の舞台では主役級をつとめたのだから、不思議ではない。
プログラムや色紙にサインをせがまれたが、
当然、自分のサインなどあるわけもなく、
「浅井月子」と書くしかなかった。
プレゼントや花をうけとりながら、
「はい。どうもありがとうございます」
「また見に来てくださいね」
丁寧に握手とあいさつ、記念撮影をしていく。
人の列はとぎれることなく、まだまだ時間がかかりそうだった。
(こういうのって、ありがたいけど、大変なんだな・・・
アサトはいつも本当に丁寧に対応しているもんな・・・)
クミはいつの間にか野々村のファンを整列させる係をしている。実に手際が良い。
(あはは。クミちゃんたら。ほんとにもう、すごいな)
相変わらず、彼女の行動には笑わせられてしまう。
さっきまで不安でいっぱいだった月子だったが自然に笑みがこぼれていた。
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