第40話

12月も半ばをすぎ、ロスでの数か月におよぶ仕事も終わり、

僕はせわしなく出国の準備をしていた。


「ナイトさん。他に忘れ物はないですか?

もしあったとしても、あとでまとめてお送りしますから、安心してくださいね」


ユウカは僕以上にバタバタと屋敷の中をかけまわっている。


「義兄さーん、そろそろ車が到着しますよー」


星也がどこからか大声で叫ぶ。


昨夜、家の使用人や関係者などすべてを招いて、この屋敷で最初で最後のパーティーを催した。

一人一人に別れを告げ、名残惜しい気持ちも多少あった。


実は、月子にはまだ言ってないが、この屋敷を購入することにした。

年に数回しか訪れないかもしれないが、投資の意味でもいい買い物をしたと僕は満足していた。


(月子、なんて言うかな。またいきなり月子をつれてきて、サプライズをしよう・・・っふふ)


僕はその時の事を想像して、月子の驚いた顔を思い浮かべてひとりでニンマリしていた。



「ナイトさん。とても嬉しそう。

さては、奥様のこと考えてらしたんでしょう?」


「そ、そんなことはない・・・よ、ゴホンッ」


ユウカに図星をつかれて、あわててニヤケた顔を戻してみる。


あの夜以来、彼女とはなんとなくぎこちなくなってしまった。

普通に過ごしてはいたが、やはり、お互いの気持ちを知ってしまったから、それは仕方のないことだった。


それでも、彼女は前以上に完璧に仕事をこなし、本当によく尽くしてくれた。

今後のアメリカでの活動でも彼女は無くてはならない存在であることは変わりない。


空港までの車の中、僕と星也、ユウカはどっと疲れて無言でいた。

数か月の滞在中、ほとんど仕事に追われていたので三人でゆっくり語り合ったという機会もとうとうなかった。


星也はクリスマスホリデイシーズンに突入し、ちゃっかり僕について帰国するという。

ユウカも日本にいる両親の元へ里帰りするのかと思いきや、

次のクライアントとの契約があるとかで、ロスに残ると言っていた。


車から降り、ユウカと別れの挨拶をかわす。


「ナイトさん、本当にお疲れ様でした。

さらなるご活躍をお祈りしていますね。

星也君、こっちに戻ってきたら飲もうね」


ユウカはつとめて明るくそう言った。


「ユウカ。ほんとうに世話になったね。じゃあ、また」


ナイトが右手を差し出しながら言う。

いつものようにサングラスで瞳は見えなかったが、口元から白い歯がこぼれた。

ユウカはなぜか一瞬手を差し出すのをためらった。


(この握手が終わったら、ほんとうにナイトとはさよならなんだ)


ナイトは力強くユウカの手を握った。

決して痛い訳じゃないのにユウカの目から涙があふれた。


それに気づいたナイトの笑顔が一瞬消え、唇をまっすぐに閉じると、つないでいた手を自分のほうにグイッとひっぱり、ユウカを抱きしめた。


(えっ!)


こちらでは日常のハグなどあたりまえで、誰とでも普通にする動作なのに、

ユウカの心臓は張り裂けそうだった。

はじめてナイトの胸を頬に感じ、彼の優しい人柄が十分に伝わって来た。

彼女も彼の背中に手をまわし、ギュッと力を込めた。


「・・・ほんとに、ありがとな」


彼は耳もとで囁くと、背をむけ歩き出した。


(・・・ずるいよ。ナイト。今のはご褒美ですかっ?

あはは。またハートを射抜かれてしまった。

ナイトさん、また会えますよね、きっと)


抱きしめられた衝撃でユウカはしばらく呆然と立ち尽くすしかなかった。

まだその腕にはたくましい彼の背中の感触が残っている。

辺りには彼の残り香も残っていた。


ユウカは大好きな人が行ってしまったという喪失感よりも、

大切な人を最後まで見送ることが出来たという達成感でいっぱいだった。


本当は彼らと一緒に日本に行ってもよかったのだが、

一度、ナイトとの仕事もナイトへの思いもたち切る時間が彼女には必要だった。


ふと見ると、座席の上に星也のセカンドバックが置いてある。


(もう、星也君ったら、忘れて行っちゃったんだ・・・)


彼女は車から降りると、まだかすかに見える二人の背中に声をかけた。


「星也くーん、忘れ物!

おーい、まってぇー!」


人であふれるタクシー待ちやバスの行列をかきわけ、必死に走る。


(せっかく感動的なラストシーンだったのに、あはは。なんか笑っちゃう)



キキィィィィーーーー!!  ドンッ!!



ナイトは背後からユウカの声が聞こえたと思い、振り向いた。

一瞬、遠くでユウカの姿が見えたような気がした。

次の瞬間、車が急に止まるブレーキ音と衝撃音。

ユウカの姿はもう見えかった。


「星也っ!いま、声、聞こえなかったか?」


「えっ!?何も聞こえなかったっすけど」


嫌な胸騒ぎがして、彼は音がしたほうに向かって走った。

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