第35話

「・・・本当に、申し訳ありませんでした。私が・・・」


家に戻ると、ユウカがやっと口をひらいた。


帰りの車の中でもナイトはずっと黙っていた。

こちらから声をかけようとしたが、そんなこともはばかられるような殺気に満ちていた。


ナイトは大きく息をつくと、


「いや、こっちこそすまなかった。

あんな嫌な思いをさせてしまって。ほんとうにゲスな野郎だ」


「でも、私が我慢してやり過ごせばよかったんです。

仮にも相手もハリウッドスターなんですし。

ナイトさんになにか変な噂がたってしまったらどうしよう。

本当にすいませんでした」


ナイトはネクタイを外しながらソファーにどっと腰かけると、


「じゃあ君は、あんなに侮辱されても我慢できたというの?」


暗く沈んだ目でユウカを静かに見つめる。


「・・・侮辱されたのは私ではなくて、ナイトさんでした。

私は何を言われても平気です。仕事ですから・・・

ナイトさんの愛人だとか言われて申し訳なくて、

ナイトさんは奥さんを愛していて、こっちで愛人とか作るようなひとじゃないのに、くやしくて・・・」


「・・・そうか。ユウカ、ありがとな。

でも、仕事とはいえ、

人として、女性として侮辱されるようなことはありえないよ。

僕はああいう人間は許せないんだよ。

それがたとえハリウッドスターでも大統領でも誰でもだ」


「・・・はい。ありがとうございます」


ユウカは泣いていた。


「まあ、座りなよ。もう済んだことだ。

少し飲もうか。

君とサシで飲んだことなかったね」


ナイトはユウカを座らせると、バーからウイスキーをついで持ってきた。


「これを飲んだらちょっとは気が落ち着くだろう、さあ、飲んで」


ユウカは差し出されたグラスを受け取ると、琥珀色のウイスキーをひと口飲んだ。

焼けるような熱い液体が喉を通り過ぎてゆく。


顔をあげると、ソファーの向こう側でナイトもグラスをゆっくりとかたむけている。

少しものうげに伏せた視線、先ほどとは正反対の静かなたたずまい。


ダウンライトがほのかに照らすリビングで二人きり、

ナイトは静かに、ユウカの様子をうかがっているように見えた。


(あんなことがあったあとなのに、私ったらナイトのこと、

まだ好きだとか考えてる・・・バカだ。もう駄目だ、これ以上)


ユウカは耐えきれなくなって、ポツリと話し始めた。



「あの・・・私、本当のこと、言います」


とてもナイトの顔は見れず、グラスの中の氷に目をやる、



「・・・わたし、ナイトさんのことが・・・好きです」



僕は、ウイスキーを飲んで少し緊張がほぐれてきたユウカをだまって見ていた。


彼女が落ち着いたら、作曲のつづきをしようと思っていたが、

彼女から意外な告白をされてしまった。

(まさか)

と言って笑ってはぐらかすべきだったのかもしれない。

けれど、笑い飛ばすにはあまりにも真剣すぎる告白だった。

正直、内心おどろいていた。


彼女はとても仕事ができる女性だったし、明るく、几帳面でドライで、とてもそんなそぶりは見せなかった。

ましてや、数々のハリウッドスターを顧客に持っている彼女が、

まさか、自分を好きだなどと思ってもみなかった。


(・・・さて、なんて言葉をかえしたらいいのかな)


彼女は、見た目も内面も本当に魅力的な女性だ。

月子と出会う前なら、この告白で少しは心が揺れることもあったかもしれない。

そして普通に付き合っていたかもしれない。

今となっては月子以外の女とどうこうなどとは、100%考えられないが。


目の前で告白されても彼女をどうしてやることも出来ない。

全く心が動かない自分がいた。


「ユウカ。おどろいたよ。何ていうのかな・・・」


僕がそう口をひらくと、


「い、いいんです。これは、私の独り言ですから、

ほんと、ナイトさんは何も言わなくて・・・いいんです。

すいません大それた事言って、ほんと、すいません」


「・・・正直に言うよ。君の気持ち、正直、困惑したよ。

僕を好きだって勇気を出して言ってくれたんだよね。


・・・もし今までに、僕が君を何か誤解させるようなことをしてしまったり、言ってしまっていたのなら、ほんとうにすまない。


君はとても魅力的な女性だよ、お世辞じゃなくて。

美しいし心配りのできる素敵な女性だ。


・・・けれど、わかっているだろう。

僕は君の気持に答えることは出来ない。

君じゃなくても他のだれでもだ」

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