第32話
(ほんとに、どうしちゃったんだろう私。
弾丸でロスに行ったからかな・・・
たぶん寝れば復活できるとは思うけど、野々村さんには迷惑かけちゃったな・・・)
公演までもうあまり時間がない。
調子が良くないからといってのんびり休養していられないし、
しかし無理をすれば最悪降板などになりかねない。
大したことはないと、月子自身は思っているが、漠然とした不安につつまれていた。
「こんなとき、アサトの顔見ればすぐに復活しちゃうんだけどなー。私のビタミン剤だからなー」
月子は鏡に映る自分にむかって、ひとりごとをつぶやいてみる。
「ん?今なんか、言ったか?」
寝起きのトレーニングをこなしながらアサトは星也に聞いた。
「むはぁっ!ぬぁっ、なんも言ってないっすよ、俺」
アサトの鬼のようなトレーニングにもだいぶ慣れてはきたが、息切れも激しく星也は答える。
「ん。そら耳か」
コウモリのようにぶら下がり、体を起こすという超難易度の高い腹筋をしながらも余裕のアサトである。
(にいさんは、ほんとすごいなぁ。俺のほうが若いのにぜんぜんかなわないっ!)
「ぬおぉらぁ!」
わけのわからない声を出しながら星也がムキになる。
「星也ぁ。そんなにやっきになっても疲れるだけだぞ。
朝のトレーニングは自分の体におはようって挨拶するように、やさしくしないとなぁ。あはははは」
早々に自分のメニューを終え、さっそうとトレーニングルームを出て行ってしまった。
(なんなんだ、あの人は。ほんとに化けモンなんじゃないかな。息もきらさずに、汗もほとんどかかないし。
でも、兄さんのいう通りに毎日トレーニングしてたら、ほんとに腹筋割れてきたもんなー・・・)
星也は鏡にうつった自分の腹筋をまんざらでもなさそうに眺め、ニンマリとほくそ笑んでいた。
(日本は夜の11時か・・・少し遅いけど月子起きてるかな)
僕はシャワーから上がると腰にタオルを巻いたままで、電話を手に取る。
『・・・・・・』
月子は電話に出なかった。
(もう寝てるのかな)
もう一度、かけようとした指を止め、窓の外の晴れ渡った青空を見つめ、もう11月だというのに強すぎる陽射しに手をかざした。
部屋の入り口で「あっ」と声がした。
「んっ?」
星也がいると思い、少し開いていたドアを中から大きく開ける。
「ひゃぁ、す、すいません!」
ドアの向こうにはユウカ立っていて、運んできた朝食のドリンクをトレーの上でひっくり返していた。
「も、申し訳ありません。
ノックしたんですが、ドアが少し開いていたので、
開いてしまって、それで、あの、すいません」
両手に持ったトレーをどうすることもできずに、目を閉じたまま必死に何かしゃべっている。
(・・・ん?僕のジュースこぼしちゃったから、あわててるのか・・・?)
僕は固まっている彼女の手からトレーを持ちあげた。
ユウカは急に腕が解放され、目を開く。次の瞬間ふたたび、
「ひゃぁあああああ!」
と言いながら、階下へ走って行ってしまった。
「なんだぁ?朝から元気がいいヤツだな」
僕はグラスに少しだけ残っていたジュースを飲み干した。
はぁ、はぁ、はぁ・・・
(やってしまった。ううう)
ユウカは全速力で一階の自分の部屋に逃げ込んだ。
走って息が切れているのはもちろんだが、それ以上に心臓がどきどきしている。
いつもナイトの身の回りの世話をしているメイドが今日は急に休んだので、代わりにドリンクを運んだ。それだけだった。
彼の部屋のドアが少し開いていて、ノックをしても返事はない。耳をすましたが何も聞こえない。
ドリンクだけでも置いていこうと中に入ろうとしたとき、窓際で朝の陽ざしをまぶしそうに手でかざしている、
ほとんど裸の、ハダカの、はだかのぉぉぉぉ!!
いや、裸とかはまだいい。
これでも男性の裸は見てきたし、イケメンのハリウッドスターなんて全裸でも気にもしない人もいるし、今さら、驚くほどのことではないはず・・・だった。
でも、あのナイトは、まるで写真集の一ページをそのまま切り取ったような。ものすごい美しさだった。
見てはいけないとはわかってはいたが、
目を逸らすことさえできないほど、まさに釘づけとはこういうことなのかもしれない。
真っ白で見事な筋肉が浮き出た彫刻のような肢体、
シャワーのしずくがまだ残っている。
胸元も肩も、足も、朝日でキラキラ輝いてスパークしていた。
濡れた黒髪はすこしウェーブがかって、かざした手のひらの隙間から、放射状の光が仰いだ顔を射ぬいて、
それが眩しかったのか、片目をウインクするかのようにしかめた瞬間・・・・
(やばい。もう私の心のアルバムベストワンに焼き付いてしまいました・・・ううう)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます