第30話

「さっき、毅彦さんから話があってね」


「えっ?あ、野々村さんが?」


月子は何の事かと、先生の顔を見た。


「今日、初日以来、初めて合わせてみたんですって?」


「はい・・・」


「実はね、彼に、

『あなたと合わせてみて、もし駄目だったら、

この演目は諦めてくださいって』前から言われていたの」


「えぇっ!?どういう事ですか?」


三崎先生は少しすまなそうに、


「ごめんなさいね。

私が、月ちゃんの相手役にと毅彦さんに頼み込んだの。

でも、あの人、ほら、なんていうか、とてもストイックでしょ。

今は、この団のトップでもあるし。


最初は、あなたの踊りもほとんど見た事無いし、

オリジナルの演目だし、まず無理でしょうって断られたのよ。


でもね、私がどうしてもって言ったら、

では、僕のやり方で、しばらく様子を見させてくださいって。


出演するかどうかは、そのあと決めさせてくださいって言われてね」


「そ、そうだったんですか。私、何も知らなくて・・・」


月子は少しショックをうけていた。


(私、ずっと試されていたんだ・・・)


「でもね、悪く思わないでちょうだいね。

私は月ちゃんならやれると自信があったんだもの。

毅彦さんだって甘くはないと思っていたけれど、

月ちゃんなら、大丈夫だって思っていたから・・・」


「・・・三崎先生。

そんな、私、本当に、野々村さんにOKもらったんでしょうか?」


三崎は、キッチリ後ろにまとめた白髪まじりの髪に手をやりながら、今なお美しい横顔で、満足そうにうなずき、


「ええ。もちろんよ。

毅彦さんたら、あなたの事、褒めていたわよ。

アメリカに行っているから、どんなもんだと思っていたら、

初日に振りも完璧に入っていたし、

それからは根気よく僕の踊りもよく観察してくれて、いい舞台になりそうです。って」


「・・・ほんとうですか?

今日がテストだって知っていたら、駄目だったかも知れません。気負っちゃって。

しかも、野々村さんが何考えているか、今日の今日まで理解できなくて・・・正直、不安でした」


月子は深呼吸しながら、先生の話で緊張してしまった自分を落ち着けようとしていた。


「また、明日から、がんばってね。

毅彦さんって、本当はとっても良い人だから。そんな、怖い人じゃないのよ」


三崎先生は月子の肩に手を置くと席を立った。


(ああ、びっくりした。

そういう事だったなんて、思ってもみなかったな。

毅彦さんが、私を試すのは無理もない事だから仕方ないけれど、

散々レッスンしてきても、不合格だって事も十分あったわけで・・・

一つの役をものにするというのも、なかなか大変なんだよね。本当は・・・)


月子は冷めてしまったハーブティーをすすりながら、ボーっと考えていた。




それから野々村とのレッスンは順調に進んでいった。


月子は、疲労がかなり溜まっていたが、毎日稽古を欠かさなかった。


いつものように、バーレッスンをしながら稽古場で彼のの登場を待っていた。


(今日は、なんだか体がダルいな。なんでだろう)


彼がやって来ので、月子は立ち上がろうとした。


次の瞬間、目の前が真っ暗になり、クラクラと目眩がしてしまった。それでも、無理に立ち上がろうとすると、

毅彦がすぐに駆け寄ってきて、


「大丈夫ですか?浅井さん、少し顔色が良くないようですが」


「ええ、大丈夫です。すいません。ちょっと目眩がしただけですから」


「無理しないでください」


野々村は月子を見つめてから、


「今日は、稽古はやめておきましょう。

もう本番も近いことですし、ゆっくり休んでください。

僕も今日はゆっくりすることにしますからオフにしましょう」

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