第28話

野々村は自分のパートを踊り終えると、


「次どうぞ、踊ってください」


またしても一人で踊らされる。

相変わらず、野々村は月子をじっと見ているだけ。

そして、月子が踊り終えると、


「お疲れ様でした」


と言い残して、稽古場を出て行ってしまった。


(ええー!何がなんだか、さっぱりわからない。

感想とか、アドバイスとか、やっぱり無いんですか?)


月子は心の中で、彼の背中につぶやいた。


そんなやり方の稽古が一週間ほど続いた。



毎日、お互いがお互いを観察する日々。

いったいこのやり方は何なのか、月子には理解に苦しんでいた。


ロクに口もきかず、ただ、お互いの踊りを見て帰る。

野々村の踊りを毎日見ながら、月子は隣にいるであろう自分をただイメージするしかなかった。


(野々村さんて、ソロのほうが向いてるんじゃないかな。

一人のほうが絶対に自由で、あの人の大胆な踊りには向いている気がするもの)


(明日こそ、一緒に踊ってくださいって、言おう)


彼女はそう決心していた。





「というわけでね、今回のパートナーって、ちょっと変わった人なんだよね」


久しぶりにクミが食材を買い込んできてくれ、月子の家で食事をしていた。


月子は、野々村についてクミに話していた。


「ふーん。なんか、謎な人だね。野々村さんて。

ドSな感じがする。でも、礼儀正しいんだよね?イケメン?」


クミがニヤリとしながら、聞く。


(あ、クミ様の気になるところは、やっぱりそこ?)


月子はちょっと吹き出して、少し考えた。


「ドSねぇ。なるほど、言われてみればそうかもね。

最初一緒に踊ったとき、ものすごい力でさ、

帰って見たら、腕にアザが出来ちゃってた。

ちょっと怖かったな。

イケメンとかは、わかんないな。

多分、イケメンなんじゃないかな?


団の若い子がね、よくキャーキャー言ってるみたいだし、

建物の外とかにも、(出待ち)っていうのかな?

お花とかプレゼンととか持ったファンみたいな人達がいたりするから」


「へぇ、そうなんだ。相当人気あるんだね、その人。

なんか謎めいているし、ワクワクするわ。

強引な男とか、よっと萌えるし。


月子はさぁ、もう、誰見てもイケメンとか感じないんだろうね。ナイトが月子の標準になっちゃってるんだもん。

並大抵のイケメン見ても、

ふーん。て感じだよね。このこのぉー。


でもさ、楽しみだよ、月子が踊るの見るの。久しぶりだもん」


今はお酒をひかえている月子の向かいで、クミはグイグイと日本酒を飲み干していく。


この調子だと、また酔っぱらって宗一さんのお世話になることは、予想がついていた。


「で、アメリカは?どうだった?」


「あ、うん。なんかハリウッドっていう感じ。

いい環境でお仕事出来てるみたいだったよ。

やっぱり行って良かったよ。安心した」


「アサトはさ、どんどん大きくなっていくね。

世界に羽ばたいていって、すごいよね、本当に」


クミがため息をつきながら、グラスをゆらしている。


「で、どうだった?アサトは向こうでもモテモテなんじゃないの?

あの、空港で会った女の人、一緒なんでしょ?」


「ああ、ユウカさんね。

とってもしっかりした、素敵な女性だったよ。

空港で見たときとはちょっと印象が違ってて、

もちろん、すごくヤリ手で、テキパキ仕事こなしてた。

だから、よろしくお願いしてきたよ。

アサトのことと、星也のこと」


「ふーん。そっか。うまくいってるなら、安心だねー。よしよし」


クミは目を閉じて、満足げにうなづいている。

そろそろ眠気が襲ってきているようだった。


クミとご主人の宗一は長い事付き合った末に結婚した。

黙っていてもほとんど通じ合える関係だ。

クミが陽だとすると、宗一は陰、実に調和がとれているカップルだと月子は思っていた。


二人はイラストや写真、デザインなどの仕事をしていて、事務所を構えている。

最近、仕事が軌道に乗ってきて、この二人も月子達が住んでいる都心のマンションの近くに引っ越してきたばかりだった。

だから月子はとても心強かった。


予想どおり、クミが酔いつぶれたころ、宗一がタイミング良く迎えに来てくれた。

クミは、千鳥足で帰って行った。


「ほんっとに、クミちゃんは変わらないなぁ」


二人を見送りながら思わずつぶやいてしまう。

いつものことながら、二人には和ませられる。

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