第2章 昼の月
蒼のとき
第27話
月子はロスから帰ると、次の日から稽古に復帰した。
弾丸渡米で、かなり疲れていたが、そんな事は言っていられない。
(でも、思い切ってロスに行って良かった)
アサトの顔も見られたし、結局、泣いたりして、彼を困らせたかもしれないけれど、
彼がどんな風に向こうで過ごして、どんな人々に囲まれているのか見られて、月子は内心ほっとしていた。
帰国する時も、二人とも笑顔で別れることができた。
稽古場に一番につき、体を慣らしていると、次々と団員がやって来た。
急きょ追加になったペアの曲は行き帰りの飛行機の中でずっと聞いていたので、頭に叩き込んである。
振りもイメージトレーニングして、何度もおさらいしておいた。
今年の年末公演は、有名なバレエの演目の中から、一場面を切り取って、次々と繰り広げられる。
古典からコンテンポラリーまでクライマックスシーンの連続でとても華やかなものになるだろう。
しばらくすると、先生に今回のペアの相手を紹介された。
「月ちゃん、紹介するわ。野々村毅彦さん。二人とも知っているわよね?」
またしても、相手は団のトップだった。
省吾がイギリスに行ってから、みるみる頭角をあらわし、短期間で団を背負う看板ダンサーまで上り詰めた人だ。
けれどお互い、顔は見知っていたが、話はしたことがなかった。
(うわぁ。また私、団のトップとペアで踊るんだ、まいったな。
またすごいプレッシャーだよ。先生ったら、ほんとにもう・・・)
月子は、内心やられたと思ったが、
「どうぞよろしくお願いします」
と、野々村と握手をかわした。
「あ、こちらこそよろしく」
省吾と違って、とてもクールな感じで、いかにもトップダンサーというオーラがにじみ出ている。
省吾が繊細な王子だとすると、毅彦は王子の敵役が似合いそうな、謎めいた雰囲気がある。
年は省吾と同じぐらいだろうか。でも、背も、体格も省吾よりも一回り大きい。
(う・・・なんか、ちょっと、とっつきにくそう。うまくやれるかな・・・私)
「振りと曲、頭に入ってます?」
唐突に野々村に聞かれて、
「は、はい」
月子が控えめにそう答えると、
「じゃあ、ちょっと合わせてみましょうか」
ニコリともせずに、そう言うと、ピアニストに目で合図をした。
(え!もう、いきなり合わせるの!?
まず各自のパートを見るとか、打ち合わせとか、無いの?)
月子に緊張が走ったが、もう仕方がない。
まな板の鯉のような気持ちで、曲に神経を集中させる。
初めて会った人の手を取り、時に身をゆだね無心に踊る。
まだ呼吸が合わないのは仕方がない。
途中、ズレたり、おかしな方向を向いたりしながらも、何とか最後まで踊ることができた。
省吾に比べると、彼のダンスは大胆で力強かった。
手を握ったり、腕をつかむ力も強く、途中で月子は、
「うっ」
と、小さくうめいてしまった。
リフトも高く、初めての合わせでなので、ヒヤリとしてしまう場面もあった。
ちょっと強引な感じだったので、踊り終えたあと、月子の胸に一抹の不安がよぎった。
(この人と、うまく踊れるか、なんか自信がないかも。
でも、稽古は始まったばかりだもの、頑張ろう)
月子はなるべく前向きに考えるようにつとめた。
野々村は、一度踊ると、何も言わずに一礼して去って行った。
(えっ!?感想とか、アドバイスとか、無しですか?)
稽古場の皆が見守る中、月子は中央に取り残され、彼の背中を見つめていた。
すると、
「月ちゃん、よく短時間で曲と振り付け覚えたわね。
初めてにしてはなかなか良かったと思うわよ。
あとは、息を合わせて調整していけば、きっと良いものになると思うわよ」
先生は、彼女の肩を軽く叩きながら、励ますように言った。
「・・・はい。頑張ります」
月子は息を整えながら、そう答えた。
次の日、月子が朝早くから二人でレッスンするための部屋で、一人、体を慣らしていると、野々村がやって来た。
すでに、バーレッスンを終えたのか、一汗かいた様子だった。
そして、鏡の前の椅子に座り、月子の姿をじっと見つめている。
「あの・・・」
月子が動きをとめ、彼に声をかけたが、
「私に気にせず、続けて下さい」
言葉遣いは丁寧だったが、鋭い眼差しで月子を見つめたままそう言った。
時に腕を組み、時にあごに手を当てて、ただ、じっと月子を見ている。
(うう・・・ちょっとぉ、何とかならないかな、この空気。
ものすごく、緊張するんですけど)
月子が踊り終え、稽古場の隅で汗を拭きながら水を飲んでいると、野々村が一人で自分のパートを踊り始めた。
(大胆で、大きな動き。それでいて、美しい)
今度は月子が彼を観察していた。
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