第26話

「うーん……そうだな。

もし、君と出会ってなかったら……か、

あまり考えたことなかったよ……」


「アサトは、変わらないのかもね。

あなたは、絶対にあなただもの……」


(きっと違う女性を出会って、その人を愛して、

それは、私じゃないっていうだけなのかも……)


私は自分から話題をふっておいて、

バカな質問をしているなと、少し後悔していた。


「ごめんなさい。変な質問しちゃって」


僕は、彼女と出逢わない訳がない、という確かな確信があった。


月子のなめらかな背中をさすりながら、


「君とは、絶対に出会う運命だったと確信しているよ。

僕の人生の中の、どこかは知らないけれど、


実際、子供のころにも出逢っていたし、

あの夏の終わりの夜、

偶然出会わなくても、必ず出会うようになってたんじゃないかな。


ああ、これじゃぁ、答えになってないな。

それぐらい、

君のいない僕の世界なんて、考えられないってことかな……


ただ、今も君が僕の前に現れていなかったら、


僕は、相変わらず滅茶苦茶な人間で、

自分しか見えてなくて、とても孤独で。

仕事も続けられていたかわからないよ……


それくらい僕は、君と出会った頃、

ギリギリで空っぽだったんだよ。


……だから……もう、生きていなかったかも」


「えっ、嫌……アサトはどんなことがあっても、生きているよ、

私がいなくても頑張ってるよ。

ね、そうでしょ?」


(生きていなかったかも)


その言葉に不安になって、思い切り彼にしがみついた。


(もしもの話なんて、するんじゃなかった)


「それよりさ……

もし、出会ってなかったら。


今、君の隣には他の誰かがいたのかな、と考えると、

そっちのほうが我慢できないよ、あはは」


「えっ……わたしの隣に?

……多分、誰もいなかったよ。

あなたが私を探してくれるまで、誰もいなかったと思う」


「そうかぁ?

月子は、自分の魅力が全く分かってないからな。

この僕にこんなに愛されてるのに、まだ自信がないなんて。

ほんとうにどうかしてる」


「……だって私。

本当に、あなたに出会うまで、

誰からも愛してるなんて言われた事なかったんだもの。

あなたの奥さんになって、こうしていても、時々不安になる。

どうして私なんだろう?って」


「僕は、君が想像してる100万倍も、君に夢中だよ」


「……私ね、あなたの事を考えると、いまだに胸が苦しくなる。

あなたに見つめられるとドキドキする。

あなたの事を見ていると、

私には、眩しすぎて……泣きたくなる。


それに、幸せすぎて、怖くなる。

あなたは、私だけのあなたじゃないのに、

会いたくて、会いたくて、

こんなところまで、追いかけてきて……ごめんね、なんか」


月子は、堰を切ったように、泣いていた。


(どうしよう、わたし、アサトを困らせてる)


僕は、彼女を優しく抱きしめ頭をなでた。


「よしよし。泣かないで……僕の月子。

わかっているよ。

寂しかったんだね。僕も同じだよ。

離れていると心がちぎれそうだよ。


僕がこういう仕事をしているせいで、

いつも寂しい思いをさせているよね。

本当は、寂しいって、言いたかったんだろ?


君は、いつも僕の事を気遣って、口には出さないから……」


「……アサト……あなたを応援しに来たのに、困らせて

慰めてもらって、はぁ。ほんとうにごめんね」



「まだわかってないな。

僕は君に何を言われたって、困らないんだよ。

君の不安も、寂しさも、全部うけとめるのが僕だろ?

我慢しないで、全部言っていいんだよ」


一緒に暮らし始めてから約二年。

僕は毎日忙しくて、ほとんど家にいない。

手をつないでデートもできない。一緒に買い物も。


普通ならごく当たり前のことが、ほとんど出来ない。

夫婦になったとはいえ、彼女が寂しさをつのらせるのも、無理はなかった。


「ごめんね。月子。こんな僕で」


「ちがっ……違うの。アサトは何にも悪くない。

私が、駄目なの。ワガママすぎて、弱すぎるから」


「大丈夫だよ月子。

君がどんなに泣いても、たとえワガママ言ってもね、僕の仕事の支障にはならないよ。

それはわかっているだろう?

だから、大丈夫なんだよ。


君が何を言っても、僕はちゃんと受け止める。

もっと言いたいこと、言っていいんだよ。

僕の君への愛はすごいんだからさ……


それに、

君が僕をどんなに愛しているかってことも、痛いぐらいわかっているよ」


月子の涙を唇で拭い、

これ以上言葉では伝えられない想いを込めて、彼女を抱きしめた。


翌日、月子は日本へ帰って行った。

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