第23話
[ナイト。唐突で悪いんだが、もしよかったら私に君の歌を聞かせてくれないかね?]
監督に急にリクエストされて、二人は内心驚いていたが、
ナイトは、少し考えニコリと微笑むと、
[僕の歌で良かったら、監督にお贈りさせていただきます。
ピアノをお借りしますね]
「月子、ちょっと、ここで待ってて」
と耳うちして、ゆっくりとステージのほうに向かって行ってしまった。
僕は、監督のいきなりの提案に躊躇したが、断る訳にもいかないと思い、自分の曲を披露することにした。
この広い会場で、多分BGMぐらいにはなるだろうと思いながら。
華やかで明るい曲が演奏されている間、
彼は紙にサラサラと自分の曲のコードを書いた。
ごく簡単に、記号と数字のみのものだったが、大急ぎで星也がそれを何枚かコピーしてくると、コンダクターに渡した。
オーケストラのコンダクターはうんうんとうなずいて、すぐに理解したようだ。
バイオリンやチェロなどのストリングス数人にコードを渡すと、彼らもまたニコリとうなづき、ナイトを見た。
会場のライトが全体的に少しダウンし、中央のグランドピアノにナイトがゆっくりと腰をかけた。
スポットライトが彼を照らす。
大きく息を吸い込むと、彼はピアノを静かに弾き始めた。
とても優しい、美しい旋律のあと、彼の歌声が響き渡る。
会場の誰もが、一瞬にしてステージに向きなおった。
会話を中断してナイトの歌に聞き入っている。
ナイトがコンダクターに目配せすると、オーケストラの演奏が加重なり、壮大でドラマチックに変化していく。
月子は祈るような思いで見ていたが、
背後からユウカが、
「さすが、ナイトですね。
音合わせも無しで、一瞬で会場のみんなを引き付けてしまった。それにしても、美しい曲・・・」
「ええ。とてもリラックスして声も通って、安心しました。
(君の幸せを祈る)という曲の英語バージョンなんですよ。
私もライブでは聞いたことはあるんですけれど、オーケストラで聞くのは初めて。なんか、私のほうがドキドキしちゃいます」
曲が終わると、まるで彼のライブの時のように、会場から盛大な拍手とブラボーの声が飛び交った。
ナイトは少し照れながらも堂々と一礼すると、コンダクターと握手をしてオーケストラに拍手を送った。
多くの人の賛辞の言葉をうけながら、月子のもとに戻って来ると、
「はぁ。参ったな。
こんなに緊張したの、はじめてかも。
ちゃんと歌えてたのか、自分でもわからないよ。
あぁ、怖かった。もっとポップな曲のほうが良かったかな」
少し息を切らしながら、笑みを崩さずそっと深呼吸をしている。
「ふふ。アサトでも怖いことってあるんだね。
とっても堂々として、歌もピアノも素敵だったよ。
曲も会場のムードにピッタリで、
いきなりだったのに、すごいって、ユウカさんも言ってた。
お疲れ様でした」
私は彼の手をそっと握った。
すぐさま主役の監督が駆け寄ってきて、
[ナイト!どうもありがとう。
本当に素晴らしい歌だったよ。
またきっと聞かせてくれるかい?
最高のプレゼントをもらったよ]
と嬉しい事を言ってくれ、ナイトを抱きしめた。
まだまだパーティは続いていたが、ナイト達は退席することを知人に詫び、4人はそっと会場を後にした。
その後、こじんまりとしたレストランに移動した。
パーティーでも豪勢な食事が並んでいたが、
人が多すぎてとても食べる余裕など無かったので、みんなお腹を空かせていた。
ワイングラスを傾けると、星也は、
「あー、もう腹が減って倒れそうです」
と言いながら食事に夢中になっている。
「もう、星ちゃんたら、せっかく素敵なタキシードなんだから、
もう少しお上品に食べたらどうなの。
この子ったら、いつまでたっても・・・」
月子が苦笑しながらそう言うと、
「星也さんは、本当に良くやってくださってますわ。
多分、お姉さんが思うより、頼りがいがあって、立派な紳士だと思いますよ。ふふ」
とユウカがフォローする。
「そ、そうだよ。姉さんが思っているほど、俺はガキじゃないんだぞ。ね、ユウカさん。義兄さんもそう思うでしょ?」
必死に二人に同意を求める。
「あははは。そうだな。星也は、頼もしいよ」
腕を組み、ニヤニヤしながらアサトも笑っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます