第21話

「そういえばさ、今晩、お世話になっている映画監督のバースデーパーティーがあるらしくて、ご夫婦でどうぞって招待されているんだけど、行ってみる?」


「うん。監督にご挨拶しに行こうかな。

でも、このワンピしか持ってきてないんだけど、これでもいい?」


月子はそう言いながら、なんともかわいらしいカジュアルなワンピースをカバンから出して僕に申し訳なさそうな顔をむけた。


「あはは。その服、僕は好きだけどね。ちょっとカジュアルかも。今から買い物に行こう」




二人はブティックが並ぶ通りにくり出した。


こうして、腕を組んで街で買い物をするなど、日本ではまず不可能だったのでとても新鮮だった。


アサトはサングラスに帽子をかぶる程度で、自由に街を歩くことができた。

それでも、彼が街を歩くと、すれ違う女性が一瞬、彼に目を奪われている。


何となく目に留まった店に入ると、幸いなことに、店員はナイトのことは知らなかった。

きっと、ラフな日本人観光客が買い物に来たぐらいに思ったのだろう。


(なんか、このお店、すごく高そう・・・)


庶民派の月子としては、ふつうビビッてとても入ることなど出来ない高級メゾンだ。


店員もそっけない態度で、二人を遠巻きに眺めているだけだった。

彼は、ズラリと並ぶ服をざっと見ると、


「・・・この店はダメだな。次、行こうか」


と何も買わずに出ていった。


「あの店は駄目だったな。雰囲気も」


「うふふ。アサトって、ほんとに好みがはっきりしてるよね。

奇抜な柄とか色とかもあんまり好きじゃないよね?」


「うん。好きじゃないっていうか、品が無いのは月子には着せたくないっていうのかな。

月子はさ、背は高いけど線が細いから、色が溢れすぎているのは台無しになっちゃうんだよね。

かといって単色でも色っぽ過ぎるデザインは、他の男に見せるのは嫌だし。あはは」


「うぁ。むずかしいよ・・・あなたが選んでくれる服って、

前にフランスで用意してくれたドレスもそうだけど、

すごくセンスが良いんだもの。

私はこういう時、何を着ればいいのかさっぱりわからないもの」


「僕はさ、普段の月子も大好きだけど、ドレスアップした月子も好きなんだよ。一番好きなのは何も着てっ、うっ」


「やだっ、もぉ、誰かに聞こえるよっ」


彼が全部いう前にアサトの口を手でふさぎ赤面する。


じゃれあいながら通り過ぎた店のディスプレイに目が止まり、

彼は数歩引き返して店内に入った。これで3件目だ。


今度は、ナイトが入るなり、若い店員が(あっ!)と驚いて、


[あ、あの。もしかして、ナイトさんじゃありませんか?]


と、聞いてきた。


[うん、そうだよ。こんにちは。よく知ってるね、きみ]


[わたし、すごいファンなんです、あなたのライブDVD持っています。

噂では映画の撮影でこちらに来ているとは聞いてましたけど、

まさか、うちのお店に来てくださるなんて、感激です!]


[ありがとう。僕も嬉しいよ。えーと・・・]


[あ、ローズです!]


[ローズか、いい名前だね]


ナイトの言葉は一撃必殺である。

若い店員は、顔を真っ赤にして興奮しきっている。


彼は適当に服を選ぶと、月子に試着させた。

彼は満足そうにその中から数点選び、それに合う靴とバックも合わせて買った。


月子はこっそりタグを見てびっくりしていた。

彼女が清水の舞台から飛び降りて買う服よりも、さらに桁が多い。


「アサト、これ、お値段がっ!一着だけでいいよ・・・ね?」


「この店は、趣味がいいし、店員さんも感じがいいし。

服が君によく似あっているよ。

たまには僕の目を楽しませて。


出されたコーヒーもとても美味しかったしね」


そう目配せして月子の頭をなでた。


そんな二人の微笑ましい光景に店員はボーっと見とれていた。


帰り際、遠慮がちにサインとツーショット写真をたのまれ、

彼は快く応じ、ローズの肩を抱いて写真におさまった。


[ありがとう。ローズ。

君のおかげでとても素敵な買い物ができたよ。また来るよ]


ローズという店員は、彼の姿が見えなくなるまで見送ると、

興奮冷めやらぬ様子であわてて友人に電話をかけていた。



「お洋服、どうもありがとう。

ナイトはどこに行ってもモテるし、ほんとに優しいんだね」


月子は別に妬いているつもりはなかったがそう言うと、


「おっ?月子、もしかして妬いてるの?

そういうの、なんか嬉しいかも。あはは」


「もう、そんなんじゃありませんからっ」


前をスタスタ歩く月子の肩に腕をまわしながら、

彼女の顔を覗き込んで満足そうな笑顔を見せているアサト。

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