第19話

窓から朝日が差し込んできた。


僕のとなりで月子はまだ眠っている。


(きのうの夜は、また無茶させちゃったな)


いつ眠りについたのかもわからないほど求めてしまった。

結局夕食もとらず、不思議と空腹も感じなかった。


(彼女はとても疲れていたのに、本当に僕はダメな夫だな。まるでガキだ)


反省しながらそっとベットを抜けようとすると、月子も目を覚ました。


「月子、おはよう。まだ寝てていいんだよ」


彼女の頭をなでながらそう言うと、


「おはよう。だいじょうぶよ・・・」


そう言いながらも、ぼんやりとまどろみ、体を起こせずにいる。


僕は身支度を整え、階下に降りたが、誰もいなかった。


(あ、そうだった。

僕の休暇に合わせて今日はみんなにも休みをとってもらったんだった)


がらんとしたキッチンで月子に簡単な朝食を作り、自分はいつものドリンクを飲み干す。

まだぼんやりしている月子の隣に朝食を置き、


「今日は、誰もいないんだったよ。

目が醒るまでゆっくりしておいで。

僕はトレーニングルームにいるからね」


と、出ていった。



(アサトは、どこに行っても、すごいなぁ)


いつもながら、彼のストイックさには頭が下がる。

世界中どこにいても、決して手を抜くことはない。

本当に努力の人だった。


月子は何とかベットから這い出すと、あらためて部屋の中を見渡した。


月子に用意された部屋とは違い、彼の部屋はグレー、ブルー、シルバーで統一され、いかにもアサトらしい。

完全に彼の好みの部屋だった。


もしかしたら隣の部屋も、私の好みの色に内装を整えてくれていたのかもしれない。

彼ならそれぐらいやりかねないと思った。


彼が用意してくれた朝食。

月子が大好きな極薄のトーストにクリームチーズとイチゴジャムが乗せられていた。

それをありがたく食べ終えると、彼女も階下に降りて行った。


(私もトレーニングしなきゃ)


仮にもバレエダンサーであるかぎり、彼女も毎日のトレーニングは欠かさなかった。


広いリビングを抜け、トレーニングルームにたどり着くと、


「お、来たな。おはよう」


と、何かのマシーンにぶら下がりながらアサトが嬉しそうな笑顔を見せた。


(なんか、きのうも思ったけど、すごい筋肉、一回り体が大きくなってるよね、アサト)


「おはよ。朝食、ありがとう。

とっーても美味しかったよ。さあ、私もがんばろっと」


月子はマシーンは使わないので、部屋の奥にある壁一面の鏡の前でストレッチをはじめた。


「このお家、すごいね。改めて驚いちゃった」


「そうだね。僕はこのトレーニングルームが気に入ったよ。

音楽室もあるしさ。二階の寝室もいいよね、秘密の扉も」


広い部屋の向こうとこっちで、会話をしながら夫婦でトレーニング。のどかで、楽しい朝。


「つきこさ、やっぱり、痩せたよね。きのうも思ったけど」


「そぉ?体重とかは変わってないんだよ。

レッスン、結構真面目にやってるから、ちょっと絞れたのかな」


「てゆうかさ、なんか、すごい綺麗だなと思ってさ、きのう。

前から綺麗だけど」


腹筋マシーンに変わったのか、ありえない傾斜で腹筋をしながら、アサトが息も乱さず言う。


「ありがと。一応、私も人に見られるから、嬉しいな」


月子が柔軟な美しいポーズで鏡越しに答える。


アサトがポツリと、


「東京に戻ったら、こういう家、つくろうかな……」


「ふーん。えっ!?家っ?」


「うん。家。高層マンションじゃ、この広さのトレーニングルームないじゃない?

やっぱりさ、窓から緑が見えるこの開放的な感じは気持ちいいなって思わない?」


「……」


月子は少し焦りながら、良いとも悪いとも言えず、彼のほうを向いてニコッと笑った。


(ヘタなことを言うと、彼ならやりかねない。

家建てるとか、普通にやっちゃうもんね)

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