第18話

かすかな気配で目覚めると、あたりはもう暗くになっていた。


(あ・・・いけない。わたし、あのまま寝ちゃったんだ)


ぼんやりと見渡すと、部屋の隅のドアが開いて、向こうの部屋からわずかな光が見えた。


ベットからおり、そっとドアから隣室を覗いてみた。


暖色系のライトに照らされたグレーのソファに、アサトがいた。


ゆったりとした白いシャツ、長い足を組んで、片手に持った本を読みながら、何かブツブツ言っている。


「・・・アサト」


私がそう言い終わらないうちに、彼はこちらに駆け寄ってきて、次の瞬間には彼の胸に腕ごと抱きしめられていた。


彼のシャツからのぞいた肌の匂い、彼のコロンの香り。


「おはよう。眠り姫」


「ごめんね。私、寝ちゃってた」


僕は彼女のボサボサになった髪を両手で後ろにかき分けた。

少し寝てさっぱりしたのか、澄んだ瞳がまっすぐに微笑んで僕を見上げていた。


(元気そうだ。よかった)


多分、お互い同時にそう思っただろう。

二人はしばらく無言で抱きしめあっていた。


(アサト。髪がだいぶ伸びた。

それに、少し痩せたかな。

ダウンライトの逆光で顔がよく見えない)


私は彼の顔を良く見ようと、顔に両手を伸ばした。

すると、再び彼に抱きしめられ、


長い、口づけ・・・


足の力がフッと抜けそうになる。


「アサト・・・あのね・・・」


唇を離したスキに、話しかけようとするが、

彼に軽々と抱え上げられ、そのままベットに運ばれてしまった。


「・・・あ、アサト・・」



僕は彼女が何か言っているのも構わずに、時々唇をふさぎながらキスの雨を降らせる。


彼女が何を言いたいのかは、わかっていた。


「・・・大丈夫だよ・・・今日はこの家には・・・誰もいないんだ」


(えっ?さっきはあんなに人がたくさんいたのに)


「どういう訳かな・・・みんな、帰っちゃってさ・・・あはは」


僕はキスをやめずに、彼女に言った。



彼女の腕から力が抜け、ホッとしたような表情を見せる。


僕は組みしだいた彼女からそっと体を起こすと、



「だから、今日は二人っきりなんだよ」


とウィンクした。




私を見下ろしながら、微笑んだ彼の顔を見てドキリとした。


(アサト)


私は自分の夫に、いつまでもこんなにドキドキするんだろう。


洗いっぱなしの黒髪が肩近くまで伸び、無造作に顔にかかっていて、そこからのぞく白い肌と唇がとても艶めかしい。


キラリとした視線が、優しいけれど矢のようにするどくささる。


(私の心臓の音、聞こえてしまいそう)


彼は、相変わらず黙って私を見ている。



(なんか、はずかしい)



「・・・月子さぁ、また、痩せた?」


「えっ、そんなこと、ないと思うよ」


「そうかな、なんか前よりも細い気がする。手首とか肩とか」


僕は、頬を染め少し荒くなった息をこらえている彼女を見ていた。


バスローブからのぞいた形の良い鎖骨が大きく波打っている。


(やっぱり、月子は最高に綺麗だな)


ロスに来て、多くの美しい女性と出会ってはいたが、

その中の誰一人として月子を超えると思える人はいなかった。


しばしば女性に誘われることもあった。もちろん丁重に断っていたが。

撮影現場で美女の裸を見ても、雰囲気の良い会話になっても、ムラムラとした感情は皆無だった。


(妻帯者ってこういうもんなのか・・・当たり前なんだろうけど、他の女に全く興味がわかない。すごいな)


自分でも感心してしまうほど、

あまりに無反応な自分に、時に、


(男として、ヤバいんじゃないか?)


機能停止?と自分を疑ってしまうこともあった。


しかし月子に対するこの反応には、自分でも苦笑するしか無いほどだ。


(なんなんだ僕のこの体は、ほんとに月子専用なんだな、あははっ)



本当は彼女のすべてを早く確かめたかった。

僕のすべての思いを、彼女に伝えてしまいたかった。

それぐらい、この数か月、彼女を想い、焦がれ、つのらせていた。早く。早く。


冷静になろうという心とは裏腹に、身体は僕をせかす。


「・・・ごめんね月子。ついていきなり、こんな強引じゃ、ムードも何もあったもんじゃないな。

食事にでも、出かけよう」


僕は、彼女の両手に絡ませた指の力を抜いた。



すると、彼女がその指に力を込めて、


「・・・やめないで・・・愛して・・ほしいの。

すぐに・・・ほしい」


僕はもう何も考えずに、再び彼女をの首筋に顔をうずめた。


(愛してる・・・)

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