第16話

僕は星也から月子の到着を知らされると、知らずのうちに一人で微笑んでいた。らしい。


(もうすぐ、月子に会える。

いかんいかん、心が浮ついて顔がニヤけてるな、きっと)


予定では、今日の撮影は夜の6時には終了することになっている。


(あと1時間、気を引き締めて頑張らないとな)


はやる気持ちをどうにかおさえ、撮影に集中した。


自分の出番が終了し、カメラチェックをしていると、

仲間が次から次へとニヤニヤしながら声をかけてきた。


[ナイト、今日奥さん来たんだって?やったな]


[ナイトの奥さんに会ってみたいな、今度ぜひ紹介してくれよ]


[ほらほら、最愛の奥さんが待ってるぞ、急がなくていいのかい?]


僕は大げさなジェスチャーで、

参ったなというポーズを見せて、照れ隠しにサングラスをかける、


[それじゃぁ、お先に失礼しようかな]


と、早足でスタジオから出ていった。


今日も激しいスタントがあったにもかかわらず、足取りがいつもより軽い。


車の中でも、つとめて冷静にすればするほど、いつもより無言になっている自分に気づく。


星也は月子が空港で客引きと喧嘩をしていたことを楽しそうに話している。


僕はふと、はじめてデートに誘ったとき、知らない車の中を覗き込んでいた月子の姿を思い出していた。


(あの時も、大きなカバンをかかえて、家出少女のようにオロオロしていたっけな・・・ふっ)


ついこの間の出来事のようだった。


あの時すでに、二人は恋に落ちていたんだっけ。


そんな甘い思い出にふけるナイトの姿を、ユウカもまたサングラス越しにチラリと見ていたが、あえて黙っていた。


ここで彼を冷やかすのは流石にいやらしい思った。

いつもクールなナイトをギャフンと言わせたいのはやまやまだったが、

彼は、本当に、今まで見たことがないくらいに嬉しそうだったから。


月子の滞在に合わせて、ユウカはナイトの休暇をスケージュリングしていた。


「ユウカ、今日の夕食はどうしようか?

月子も来た事だし、どこかにみんなで食べにいこうか?」


ナイトがユウカに相談すると、


「あ、申し訳ありません。

私、今日は先約がありまして。

エスコートを星也君にお願いして一緒に出かけることになっているんです」


一瞬、前の座席にいた星也が、


(えっ?おれ?)


という顔をしてユウカを見たが、すぐに察したように、


「あ、そ、そうなんだよ、義兄さんと姉貴には悪いけど。

ウェルカムディナーは明日にしてくれませんか?

ね、ユウカさん。明日なら俺たちヒマですよね?」


そうユウカに目配せしながら答える義弟、


「それから、明日は、監督さんのバースデーパーティーに招待されていますので、ぜひ、ご夫妻で出席なさってくださいね。夜、二時間ぐらいですので、お願いします」


と、ユウカはすまし顔で付け加えた。



ナイトは内心、気を使われていることに気づいていたが、


「・・・そっか、先約があるんじゃ、しかたないな」


と、二人を交互に見ながら涼しい顔で答えた。





屋敷に着くと、メイドの一人が、


「奥様は、到着されてからずっとお部屋にいらっしゃいますよ。

お疲れなんでしょうね。お夕食どうなさいます?」


「ちょっとワイフに聞いてからにするよ。

もしかしたら出かけるかもしれないから、今日はもういいよ。お疲れ様」


と、みんなに声をかけた。


「じゃ、星也君、私たちも出かけましょうか。

では、奥様によろしくお伝えください。

ご挨拶はまたのちほどということで」


屋敷のみんなが、まるで示し合せたかのように、そそくさと帰ってゆくと、いつもは何かとガヤガヤとしていたのが嘘のように静まりかえり、この屋敷が途方もなく広く感じた。


僕は、ジャケットを脱ぎながら駆け足で広い階段を二段飛ばしで駆け上がると、息をととのえて、彼女の部屋をノックした。




・・・返事がない。


(・・・ん?あれ?いないのか?まさかね)


鍵のかかっていないドアをそっと開けて、中をのぞいてみた。


「つきこ?」




・・・やはり返事がない。何の物音もしない。

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