行く秋
第14話
(とうとう、来ちゃったー!)
月子は予定していた日よりも、少し遅れてロスにやって来た。
というのも、バレエの公演内容に変更が出たため、覚えなければならない振り付けが増えたからだった。
しかも、追加された部分は男性ダンサーと二人で踊るパートだった。
先生は、どうしても前回の公演の際の月子のアダージョが忘れられず、急きょ踊るシーンを追加したのだ。
振り付けも曲も、全く新しい新作だったので、かなり踊り込みが必要になるが、月子は先生の好意で追加されたパートを断ることは出来なかった。
ただ、ロスに行くために毎日ハードなレッスンをこなし、それを励みに指折り数えていただけに、
本来なら自分のダンスが評価され、出番が増えたことを感謝しなければならないはずが、すこし重荷に感じてしまっている自分に、後ろめたさをおぼえていた。
やはり、渡米はあきらめようかとも悩んだが、ロスの滞在は3日間と決めて出発することにした。
たとえ3日間でも、月子は嬉しかった。
ひと目アサトの顔を見るだけでもいい。
11月も近いというのに、ロスは予想していたよりも暖かく感じた。
見上げた空は青く高く、陽射しが眩しい。
『こっちに着いたら、電話して』
月子がロスに行く事を告げると、アサトはとても喜んでメールでそう返信をくれていた。
空港ロビーから外に出ると、一応、到着時間は伝えてあったが迎えらしい車は見当たらず、
彼女はアサトではなく、星也に電話をかけた。
(・・・あれ、星也、出ないな)
大きなキャリーバッグの横で、いかにもオロオロしている月子に、地元のタクシー斡旋の業者や、観光ツアーの勧誘、ホテルの紹介人など、色々な人が声をかけてきた。
しまいには、強引に彼女のキャリーをトランクに運ぼうとするガタイの大きな黒人の運転手まで現れて、
[あー、NO,NO!結構です、やめてください]
月子は必死で断るのだが、
[おーけー、おーけー、行きたいところまで格安で運んであげるから、だいじょうぶ]
何がオーケーなのかわからないが、運転手はキャリーから手を離さない。
[もう!本当に、やめてよ!]
自分のキャリーを奪いかえしながら、怖さよりも怒りモードが優っているせいか、月子は声を荒げて必死に抵抗している。
「姉さーん、ごめーん、遅くなったー」
と星也が走って来た。
星也がタクシー運転手に向かって早口で何か言うと、運転手はすぐに諦めて去って行った。
「せいちゃーん。もう、なんなのこの国は!
私のカバンを勝手に……ううう」
まだ怒りがおさまらず、久しぶりに会った星也に文句を言うしかなかった。
「ごめんごめん。
姉さんのこと、観光客だと思ったんだよ。
でも、遠くから、姉さんが大声で怒鳴ってるの聞こえたから、すぐわかってよかったー」
キャリーをガラガラ引きずりながら、人であふれかえる空港の歩道を星也はスルスルと縫うように歩いていく。
それに置いて行かれまいと月子は小走りでついていった。
「姉さんのいたあたり、すごいタクシーの行列だろ?
車、止められなくってさ、遅くなっちゃったんだよ」
空港の端に停めてあった黒いバンまで来ると、運転手が降りてきて、ようやく月子は車に乗り込んだ。
「はぁ。なんか、どっと疲れが」
そう言いながら、月子は弟の腕にもたれかかった。
「相変わらず、ほんと、あぶなっかしいんだよ姉貴は」
星也はホッとした様子で口をとがらせている。
「ありがとうね。星ちゃん」
「・・・いや、てかさ、
姉貴に何かあったら、俺、義兄さんに確実に殺されるから、ヒヤヒヤしたよ。良かったよ、姉貴が大声で叫んでてくれてさ」
と、真顔で震えている。
月子も、
「そうだね、ごめん」
二人は顔を見合わせて、あははは、と笑い合った。
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