第10話
ある夜、誰もいない部屋に帰宅し、ゆっくりと湯船に浸かっていると、リビングに置いた電話が鳴っていた。
月子は慌ててバスタオルを巻き、電話をとった。
「もしもし?」
「・・・」
見慣れない番号だったので、いたずら電話なのかもしれない。
「もしもし?」
恐る恐るもう一度聞いてみる。
(やっぱり、いたずら?)
切ろうとしたとき、
「・・・きこ」
少し途切れて声が聞こえてきた。
「アサト?」
「寝てたかな?」
「ううん、起きてたよ」
「月子・・・元気か?」
穏やかでゆっくりと話す、少し低いアサトの声。
「うん。元気。アサトは?元気?」
「僕も、元気でやってるよ。なかなか、電話できなくてごめん」
月子は泣いていた。というより勝手に涙が溢れてとまらなかった。
「いいの。忙しいんだもん。私は大丈夫だからね」
やはり、メールと違って本人の声を聞くと胸がキュンとなる。
「こっちはだいぶ慣れて、撮影も順調で。
明日は初めてのオフだから、電話してみたんだよ」
「うんうん・・・・グスッ」
「月子・・・?風邪ひいてるのか?声がおかしいぞ」
(いけない、泣いてるのばれちゃう)
「ううん。ひいてないよ・・・うっ」
「・・・月子・・・泣いてるな?」
「ち、ちが・・・グスッ。お風呂入ってた・・・から」
「バカだなぁ、風邪ひいちゃうじゃないか。待ってるから、服着て」
「うん、ちょっと待っててね」
そう鼻声で答えた月子が電話を置いて、鼻をかむ音が聞こえる。
(やっぱり、声聞いたから泣いちゃったんだな。
だから電話はヤバそうな気がして、かけなかったんだよ。月子)
僕は、耳をすまして彼女の動きを想像する。
鼻をかんだあと、クローゼットに走って行って、走って戻ってきて、ゴソゴソと何かを着ている音。
「はぁ、はぁ、ごめんね。おまたせ」
「ふっ、月子。やっぱ、可愛いな。
パジャマの上、はおっただけで、下は、はいてないよね。
髪もびしょびしょ」
電話の向こうでアサトがズバリ言い当てた。
「なんで?わかっちゃうのかな」
「君のことなら、何でもわかるよ、当たり前だろ?」
「・・・じゃあ、アサトの事も当てようか?
仕事がさっき終わって、帰ってきたところ。
まだお昼前だけど、あなたもシャワーあびて、今は裸にバスローブ。
部屋のカーテンは全部閉めて真っ暗。
これから寝るところ。でしょ?」
「すごいな、大当たりだよ。
あはは、何でわかるんだろ」
(アサトの笑い声・・・ううっ、また泣いちゃいそう)
「そりゃわかるよ、アサトが眠る前の話し方と、声のトーンでわかるの。
仕事が終わって、スイッチオフになった時の、
あなたの、ちょっと気だるい声」
「・・・そっか。さすが僕の奥さん・・・愛してるよ・・・・・・・・・」
「ん?アサト?おーい」
どうやら、彼は電話をつなげたまま眠ってしまったようだ。
電話口から、かすかな寝息が聞こえてくる。
(ふふっ。疲れているんだね。
このままいっしょに寝よう。アサト。私も、愛してるよ)
月子も久しぶりに彼の声を聞いたせいか、安心してすぐに眠りについた。
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