第9話
普段は買わない芸能雑誌をゆっくり閉じると、月子は小さくため息をついた。
秋も深まり、高層階から見える公園の木々がうっすらと色づき始めている。
アサトはロスで華々しくデビューできたようだった。
毎日簡単なメールはアサトや星也から入るが、アサトからの電話はまだ一度もない。
相当忙しい毎日を送っているんだと思った。
雑誌に載っていた写真には、
レッドカーペットを颯爽と歩き、壇上でハリウッドの俳優陣と並ぶ彼の姿や、ブロンドの女優に腕を組まれてジェントリーに微笑む彼が写っていた。
(アサト。よかった、無事にスタートできて。
大変でしょうけど、頑張ってね)
そう喜ばしい気持ちの裏側で、
月子には写真のアサトがビジネススマイルで無理しているように見えた。
なんだか少し可哀想に思えてしまう。
(でも、これが彼のお仕事なんだし、念願のハリウッドデビューなんだもの、仕方がないよね。
きっと彼は割り切って、笑い飛ばして、毎日筋トレして・・・)
そんな風に考えているうちに、胸が熱くなってきた。
(いやだ、私ったら。
アサトはあんなに頑張っているのに、彼に同情するなんて、失礼だよね。
ついていかないって言ったのは私なのに。
アサト。でも、逢いたいよ)
お疲れ様って、毎日抱きしめてあげたい。
いってらっしゃいって、ジャケットを着せてあげたい。
それぐらいしか、私にはできないけれど。
鏡に映った自分に向かって、無理矢理笑顔をつくってみた。
(アサトがそばにいると、毎日しらずに笑っていられるのにな。
なんかわたし、後ろ向きオーラ全開だわ・・・よしっ、私もがんばろっ!)
月子は身支度を整えると、いつものようにレッスンへと向かった。
稽古場では、年末公演の演目が発表になり、月子は多くの演目で出演することになっていた。
最初はダブルキャストでの主役の打診もあったが、丁重に断った。
謙遜でもなんでもなく、自分には主役は力不足だと思ったし、
今は、団の一員として踊れることがうれしかった。
(きっとアサトならガンガン挑戦するんだろうな)
でも、彼女は自分の直観に従うことにしていた。
月子にはある考えがあった。
振り付けさえしっかりと覚えてしまえば。
今から頑張れば、10月末ぐらいにはロスに数日行くことも可能なのではないかと。
自分から日本に残ると決めたくせに、自分でも呆れるけれど。
せめて数日でもいいから、ロスに行きたかった。
そのことを先生に思い切って相談すると、月子の必死さに負けたのか、
「精一杯応援するしかないわね。あなたがこんなにも情熱的だったとはね。うらやましいわ、がんばりなさい」
と言って月子の手を固く握った。
だから、月子は必死だった。
朝早くから夜遅くまで体に振付を叩き込んだ。
体はギシギシと痛み、足は血と豆だらけになったが、
ダンサーはみな、それぐらいの努力を普通にしている。
ましてや自分はワガママを言って日本を抜け出そうとしているのだから、これぐらいではまだまだ足りないぐらいだった。
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