第8話
夕方、支度を整えたナイトが製作発表の会場に着くと、
レッドカーペットが敷かれ、沢山のマスコミや観客が沿道に群っていた。
ナイトは他のハリウッドスターと共に中に入って行く。
映画は近未来アクションものだったが、皆、タキシードとイブニングドレスという正装だ。
檀上に出演者が揃って立つと、それは豪華な顔ぶれとなった。
ナイトは、特に気おくれすることもなく、記者の質問に流暢な英語で答え、魅力的な笑顔を見せている。
唯一の日本人ということで、なおさら注目を浴びている。
すると、となりに立っている出演者のハリウッド女優がいつの間にかナイトの腕に手をまわしていた。
(えっ?)
ナイトがチラリと女優を見ると、彼女はにっこりとナイトに微笑みかけ、
『よろしくね』とウインクし、カメラに向けてポーズをとった。
(あはっ、チャーミングな女性だな。名前は何て言ったっけ、
しかし、本当に、僕はこういう場所が苦手だな)
女優の茶目っ気のある笑顔の陰で、ひとり苦笑している自分がいた。
僕はこういった(煩わしい)行事を終えて、早く撮影に入りたかった。
しかし、日本の業界とは違い、こちらのエンターテイメント業界はセレモニーを重要視する。
撮影の合間にも会見やらパーティーやらに追われることになることは目に見えていた。
数百のカメラのフラッシュを浴びながら、少しイライラしているのを他人に気づかれないように、ため息を飲み込んだ。
そのあとのパーティーでも、初対面の関係者や招待者と会話をし、すべてが終わったのはとうに深夜をこえていた。
(やれやれ、着いた初日から、なかなかハードだ・・・)
帰りの車の中では、タキシード姿の星也がスヤスヤと眠っている。
ユウカも多少疲れた様子を見せていたが、よく見ると真黒なイブニングドレスに身をつつみ、何かの資料を読んでいた。
(このマネージャーは、本当に仕事熱心だな。
こっちでは会場の中に入るスタッフも全員正装するんだな)
なんともなしに、ユウカをぼんやり眺めていると、
銀縁のリーディンググラスを外しながら、ユウカが僕に言った。
「今日は着いて早々お疲れ様でした。
最高のスタートでしたね。
ナイトさんは、さすがですわ。
アメリカのスターでさえ、あんなにスマートにこなすことなんて少ないですから。正直、安心しました。
あ、すいません。私ったら偉そうに」
(ふーん、この女性は、気の強そうな外見とは裏腹に、案外控えめな人間なのかもしれないな。
強そうにしていないとすぐにつぶされてしまう業界で身に着けた鉄壁の鎧か・・・)
僕は彼女をそんなふうに分析し、
「いや、君のコーディネートのおかげで、スタートが無事に済んだよ。ありがとう。
君も疲れただろう、ゆっくり休んでください」
ユウカはナイトにかけられた言葉が予想外で戸惑った。
今まで色々なスター達と仕事をしてきたが、やはり日本人の心遣いは違うのかもしれない。
自分も日本人の血が流れているのに、久しく忘れていた礼儀正しく思いやりのある言葉が新鮮だった。
それに、事前に仕入れたナイトに関する情報と彼は、少し違うような気がしていた。
資料には、ナイトは厳しくて、人見知りが激しく、なかなか心を開かないとあったから。
「あ、ありがとうございます。
明日は午後からポスター撮影ですので。
あと、もしよろしければ、私のことはユウカと呼び捨てでかまいませんので。
それから、あなたは私のボスなんですから、敬語はおやめください」
ナイトはユウカの顔を見ると、少し首をかしげて微笑んだ。
「・・・わかったよ。ユウカ。ありがとう。よろしくね」
と言うと、彼は車窓に顔を向けて目を閉じた。
(・・・うわ、綺麗)
初対面から数時間が経ち、少しは慣れてきたナイトとの会話だったが、いざ面と向かって名前を呼び捨てにされ、微笑まれると流石にドキドキしてしまった。
彼の美しい顔のせいか、やさしい心遣いのせいか、
ユウカは焦ってしまったが、気を取り直して彼女もまた、車窓に視線を移した。
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