水澄む

第6話

ロスの秋はカラリとして晴れ渡っていた。

朝晩の気温の差はあるが、かなり過ごしやすい。


アサト達が現地に到着すると、

どこから聞きつけたのか、ナイト(アサトのステージ名)のファン達が空港に押し寄せていた。


ナイト本人も少々驚くほどの大人数だったが、

星也とユウカのほうがナイトの海外での人気ぶりにあらためて驚いていた。


アサトはロスに時おり来ることもあり、日本より多少の自由はきくのではないかと若干期待していたが、


(今回の訪米は公式発表されたから、こんなに来てくれたんだな。しかし、この人数。どっから集まったのかな。

まあ、こうして温かく出迎えてくれるのは、ほんとにありがたいことなんだけど)


ナイトはにっこりとファンに手を振ると、

ゆったりとした足取りで黄色い声援で色めくファンに近づいていった。


あわてて止めようとする星也に、


(大丈夫だ)


と目で合図をおくると、彼はファンの前で足をとめた。


すると、半狂乱だった女の子達はピタリと静まり、

目の前のナイトを見上げながら潤んだ目を輝かせて固唾をのんでいる。

次にナイトがどういう行動をとるのか、じっと息をひそめて神経を集中させている。


こちらのファンも国内のファンと同じく、ちゃんと暗黙のルールをわきまえていた。


原則的に公共の場所などでは出待ちなどをしてはいけない事、

やたらに騒いでナイト本人や他の人を困らせない事、

ナイトのファンとしてつねに品位と誇りをもって行動すること。


彼が昔から何度もファン達に伝えてきた大切な約束だった。



ナイトは満足そうに微笑みながら彼女たちをひととおり見わたすと、


「みんなありがとう。出迎えてくれて。

また会えてうれしいよ。

ロスでの仕事が楽しみだよ、良い作品が出来上がるのを楽しみにまっていてほしい。

気をつけて帰るんだぞ」


と、流暢な英語で静かに話した。


ファン一人一人にサインや握手をし、その場をあとにする。


彼の登場の時にあれだけ興奮していたファンは、

すっかりおとなしいレディーに変身し、みんな可愛く手を振りながらナイトを見送った。




三人は用意された車に乗り込むと、星也が興奮した様子で、


「に、義兄さんって、やっぱ、すごいんすね!

オレ、すごい緊張しちゃいましたよ。

兄さんに何かあったらどうしようって、ヒヤヒヤしちゃって」


「うん、パッと見たときに、あの子達は大丈夫だと思ったんだよ。ほんと、ありがたいよねファンってさ」


彼はそう答えたが、内心では緊張がよぎっていたことは言うまでもなかった。


以前、空港でファンのあいだからいきなり飛び出してきた暴漢に月子が襲われたときのことを、思い出さずにはいられなかった。


サングラスごしにロスの街並みを眺め、

月子が自分をかばって怪我を負ったときの恐怖がフィードバックしてくるのを振り払っていた。



「俺、義兄さんを守ります。絶対に守りますから!」


「うん。ああ、頼んだぞ。

・・・ところで星也はさ、格闘技とかでるの?」


意気込んだところへのアサトからの痛い質問に、


「え?い、いや。

中学の時の柔道の授業ぐらい……です。

でも、喧嘩とか負けない自信はありますから」


星也が頭を掻きながら困った顔をしている。


(ほんと、月子の瞳とそっくりだなぁ)


正義感の強そうな、まっすぐで少し茶色がかった大きな瞳。


僕は星也の頭をつついて、


「じゃあ、明日からトレーニング。気合入れろよ」


「はいっ!!がんばります」


星也はキラキラした顔で答えていたが、

僕のトレーニングのキツさを知ったら、どこまでついてこれるのかは疑問だった。

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