思い出を

第52話

沖縄の朝は早い。


例によって、彼は朝から筋トレとシャワーを済ませ、海を見ながらポーチでコーヒーを飲んでいた。


七時になると、ハウスキーパーの女性がやってきて、てきぱきと掃除や片付けを済ませ、アサトに声をかけた。


「旦那様、お仕事の疲れはとれましたですか?いつもより、明るいお顔のようで、ばぁも安心しましたよぉ」


「おばぁ、いつもありがとう。散らかし放題でごめんね」


そんな会話がポーチから聞こえてきて、月子はハッと目覚めた。

急いでそこにあった島風のサンドレスを着ると、出て行ったほうが良いのか悩んでいた。


すると、


「ベッドルームも、おかた付けいたしますよぉ」


と、彼が止める間もなくドアが開いた。


一瞬、おばぁと呼ばれた女性と月子は目を合わせて固まっていたが、おばぁはニッコリ笑い、


「ぁんれまぁ、旦那様、いつの間にぃ、こんなべっぴんさんをお迎えになったんですかぁ」


と言って月子にむかって深々とお辞儀をした。


「こちらのお屋敷の管理を夫婦でさせてもらっとりますぅ。奥様、よろしくたのんますぅ」


と言われ、つられて月子も深々とお辞儀をした。


「こ、こちらこそ、よろしくお願いします…」


その一部始終をドアの向こうから楽しそうにアサトが見ていて、必死に笑いをこらえている。


(アサトのいじわる)


「月子、こっちにおいで、コーヒーを入れるから」


おばぁは、


「月子奥様といいなさるんですかぁ、旦那様はいつもお一人でお見えなんでぇ、心配しとりましたよぉ。でもぉ、こーんな綺麗な方がいらっしゃってぇ、安心しましたですよぅ」


おばぁはベッドルームを片付けながら大声でしゃべっている。


二人は顔を見合わせて、クスクスと笑っていた。


気持ちのよい朝だった。


「旦那様ぁ、今回はいつまでお泊まりでぇ?」


「それが、今日の7時の便で帰らなければならないんだよ」


「ぁんれまぁ、そうなんですかぁ、相変わらずお忙しい方だよぉ、奥様はしばらくいなさるんですよねぇ?」


「彼女も一緒に戻るんだ、おじぃに5時半に迎えに来て貰えるよう、言っておいてもらえるかな」


おばぁは、少しニヤニヤして、


「それもそうですねぇ、こんな綺麗な奥様、独りで置いて帰れませんよぉ、ふっふっ」


彼は、おばぁの想像力にあえて言い訳しなかった。


「おばぁ、悪いんだけど、彼女のことはまだ内密にしておいてくれないかな?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る