第13話

僕は去って行く彼女の後姿をしばらく見つめていた。


「つきこ・・・か」


今までの彼には常に女性がいた、今この時点でもメールひとつで飛んでくる女性はたくさんいる。


彼は本能をごまかさずに生きてきた。


食事がしたい。話がしたい。ただ抱きたい。


その都度、頭に浮かんだ女性か、時間が合った女性と、彼なりのルールの中で接してきた。


それらの女性達は皆、別れ際もわきまえいて実にあっさりしている。


物わかりの良い女のふりをしているのか、本当にそうなのかは彼にはわからない。


女性達の中には、彼を夢中にさせる女性も過去にはいた。


本気の恋愛に発展することも何度もあった。


しかし、彼女たちは最後には彼のライフスタイルに合わせるのに疲れ、独占欲にかられ、別れるパターンが多かった。


(女は本気で惚れると欲深いからな)


いつの間にかそんな考えが彼の女性に対するイメージとして定着していた。


若い頃の彼は恋愛にそれなりに努力をした。


時間を割き、仕事をさぼったり、無理な調整もした。


しかし、それらは逆に彼自身への強いフラストレーションとなり、結局うまく行かなかった。




彼は元来、かなりの完璧主義者で、仕事への熱意も遊びも半端では無かった。


もちろん、友人や親も大切にしていたため、そうなると、一人の女性の独占欲を満たすだけの余裕はなかなか無かった。


やがて女性は結婚をせまるようになり、彼にその気が無いと知ると離れて行く。


事実、結婚に関して彼には全くその気がなかった。


結婚したいとまで思える相手がいなかったと言えば聞こえがいいかもしれないが。


今も昔も誰かと家庭を持つなどということは考えられない。


結婚しなくても、愛していることには変わりないし、できるだけのことをする。


それが彼なりの恋愛だと思っているからだ。


なので、ここ数年、彼は出会った時から自分のテリトリーをそれとなく相手に知らせ、


自ら壁を作り、女性達がそこから先に入れないような、ドライな付き合いを繰り返していた。


その方がお互い傷つかずに済むから。


けれど、今日はその壁がもろく崩れそうだった。


いつも張り巡らせていた壁が、仕事からの解放感や夏の夜の心地よい風と、久しぶりに乗ったバイク、


見知らぬ彼女とのドラマのような出会いとハプニングによって吹き飛んでしまったようだ。


初対面の女性との別れ際に、こんな気持ちになったことは一度もなかった。


今日の奇妙な出会いは、ひと夏の夜の夢だったのだろう。


数日経てば忙しい日々に追われ、すぐに忘れてしまうだろう。


そう自分に言い聞かせると、


「ふぅー」


っと大きく息を吐き、エンジンをかけ勢い良くスタートさせた。

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