一冷二暖三寒四温

小狸

短編


 今年の秋は、唐突にやってきた。


「…………」


 季節の変わり目は苦手である。


 必ず風邪を引くか、そうでなくとも体調を崩す。


 今も分かりやすい症状こそないものの、何となく身体がだるく重い。


 身体というより心の方に影響が顕著に出るように感じる。


 朝起きて重い心を起こすところから始まる。


 今年のような、急激に寒気がやって来る年は特に気を付けなければならないと思っていた。


 思っていただけで実行できなかったというのは、もう見ての通りである。


「…………」


 休日には、小説を書くという習慣があった。


 それもこの突然の秋の到来により、断ち切られることとなった。


 小説の更新もままならず、書こうという意欲すら削がれている。


 毎年応募している小説新人賞にも、規定文字数に到達できず、応募できなかった。


 いや、この季節の変わり目の時期に完結させようとしていたことが無茶だったのだ。


 計画性の無さ。


 こんな時だけ、自分の嫌なところを自覚する。


 部屋の電気を付けることすら面倒臭く感じ、常に暗室で暗澹たる様を演じている。


 たまにはインプットもするかと図書館まで足を運んだものの、何の本も読む気にならず、結局手ぶらで帰宅してしまった。


 何も、やる気が起きない。


 したいことがあるというのにできないというのは、何とももどかしいものである。


 ただ、そのもどかしさというのも、気だるい感覚で気圧される。


 もやもやとして、正体が掴めない。


 それを反映してか否か、ここ数日の天候は、曇りと霧雨を行き来していた。


 古人ならば、こんな心持ちをも、奥ゆかしく短歌でも読むのだろうか、生憎私にはそんな教養はない。


 一人暮らしの一介の会社員にできることは、何もない。


 これが学生時代の私だったら、何かしなければならない、何か役に立たねばならないと頭を掻き毟っていただろう。強迫観念に近いものに縛られていた。それは家庭環境故なのだけれど、ここでは触れずにおこう。


 それでも今は。


 何もないから――まあ。

 

 何もしなくて良いか。


 そう思えるようになった。


 「大人になる」という定義も色々あるけれど。


 何もできない自分を受け止めるというのも。


 ひょっとしたらその定義に含まれているのではないか、と。


 私は思った。


 部屋でごろごろしよ。




(「一冷二暖三寒四温」――了)

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