第15話【奴隷】




 付けられた拘束具にはなにか僕らの"スキル"を邪魔する仕掛けがあるらしい、隙を見て逃げ出そうと試みたが上手く発動できず何も出来なかった。



 もがいているうちにガタガタと揺れている馬車はどこか見た事のある景色の中で止まった。

 馬車の正面にある門についた看板には、僕らが山脈を抜け初めて辿り着いた人間族の住む村の名前が記されている。


 拘束された僕たちが馬車に乗せられ連れていかれたのはペペ村だった。



 馬車の中からコートを手渡してくれたあの門番が見える。

 この村で唯一優しさを向けてくれたこの男が助けてくれないかという淡い期待は、一瞬で打ち砕かれた。



「おーい、戻ったぞ」〜


「おかえり、どうだった?」


「お前が言ってたような男はいなかった、でも混血のガキを三匹捕まえたぞ」


「おぉ!! やったじゃないか!!」



 僕らを襲った男たちの一人と親しげに会話をした門番が馬車を覗き込んでくるが、その表情を見て鳥肌が立つ。

 そのニヤニヤとした表情は、あの雨の日にコートをくれたあの男と同じ人間だとは思えないほどに邪悪な物だ。



「お、女もいるじゃねぇか」


「やめとけよそんなガキ、それに手出したらカシラに殺されるぞ」


「あ?呼んだか?」


「……いえっ! なんでもないです!!」



 その会話に無精髭の男が割り込むと、会話をしていた二人は背筋をピンと伸ばし緊張した顔になる。



「男の方は殺さなけりゃ何してもいいけど、女には手出すなよ」



 無精髭の男が去り際に言ったその言葉に、二人の男は下衆な期待が叶わぬ事を知り、小さくため息をつく。



「ハァ……ん? それ俺のコートじゃねえか。お前らこれどこで手に入れたんだ?」



 運ばれていく僕ら荷物に目を向けた男が、僕のカバンを見てコートに気付き、話しかけてくる。



「……知らない男にもらった」


「あっちゃ~、バレちまったか……」



 変装していた事がバレないように適当にごまかすと、門番は残念そうな表情で意味が分からないことを言う。

 僕の表情から理解できていない事に気付いたのか、男は再び僕の顔を見るとまたあのニヤニヤとした不気味な顔に戻り、口を開く。



「あれには〈追跡〉の”魔術”をかけておいたんだ。それに気付いたからお前らに押し付けたんだろうな……クックックッ……アハハハハハッ!! 可哀そうだなぁお前ら」



 そう言いながら高笑いする目の前の男の言葉を理解した時、胃から苦いものがこみ上げてくる。


 僕があの時受け取らなければ、僕があの時すぐに捨てていれば、僕があの時疑っていれば、エールさんたちも死なずに、僕らもこんなことにならなかった。


 ……全ては僕の責任だ。


 しかし今更その最悪の事実に気付き、後悔したところで過去には戻れない。


 心の底から目の前の男へと殺意が湧き出す。

 高笑いを続ける門番へと思いつく限りの罵詈雑言を叫ぶ自分が、もう何を言っているかもわからない。


 隣にいるウルスが必死に抑えようとしてくる中、門番の拳が目の前に迫ったのが見えたところで僕は意識を失った。




────────────




 馬車の車輪が整備されていない地面を走る揺れに目を覚ます。


 体を起こして周囲を見渡すと、前方を含む三方向は鉄格子付きの窓のある壁、後ろは大きな鍵のついた太い鉄格子に囲われた薄暗い小さな部屋の中だった。


 鉄格子の向こう側に流れる景色とこの揺れから察するに、どうやらぺぺ村で別の馬車へと入れられ、そのままどこかへ運ばれているらしい。



「レオ!! 起きたか!!!」



 起き上がり辺りを見渡す僕に気づいたウルスがそう言い、支えてくれる。



「……ルス……コホッ」



 返事を返そうと普通に声を出したつもりが、喉が枯れて上手く声が出せない。



「レオ、これ飲んで」



 するとウルスの奥から、ミアが水の入った袋を渡してくれた。



「……どのくらい経ったの?」



 水を飲み、二人へそう尋ねる。

 どれぐらい意識を飛ばしていたのかは分からないが、この体の痛みと気だるさから短い時間ではないことだけは分かる。



「……お前は丸一日寝てたよ、大丈夫か?」


「そんなにも……うん、ちょっとだけ喉が痛いけど」


「あれだけ叫べばそうなるよな……」



 ウルスのその言葉に、意識が途切れる前にあの門番に言われた言葉が頭の中で響く。

 再度襲ってくる後悔とみんなへの申し訳なさに涙が零れ落ち、口から勝手に謝罪の言葉が出た。


 二人の顔を見る事が出来ずに、その場で目を伏せうずくまることしかできない。



「ごめん……ごめんなさい……」


「……レオは悪くないッ!!!」



 突然温かい何かに包まれ、顔を上げるとミアが僕を抱きしめていた。



「ごめん……」


「悪いのは全部あいつらだよ……レオのせいじゃ無い…!」



 そう言ってくれるミアに、なんて言葉を返したらいいのかも分からない。

 自分のせいじゃ無いと心の中で呟いても、もっと奥深くにあの男の言葉が木霊する。



「クックックックッ……感動的だなぁ」



 御者席の方向、鉄格子の奥からそう言われる。

 聞き覚えのある声に寒気がしてきて、体はガタガタと震え出す。


 この声は、あの無精髭の男の声だ。



「誰のせいで……!」



 ミアが僕を抱きしめたままそう呟く。



「あぁ、俺らのせいだな。クックックッ」


「……うるせぇ!!! てめぇどこに連れて行く気だ!!!」



 馬鹿にしたようにそう言いながら笑う男に、ウルスが怒りを露わにする。

 怒号を飛ばしながら鉄格子を殴るが、男が気にしているような様子は無い。



「……まぁ黙って乗ってろや、明日には着くからよ」



 そう言った男の声は背筋が凍るほど冷たく、その威圧感にウルスもそれ以上何も言わずにその場にドスンと座り込んだ。



「テゴンさん、あんまり商品を暴れさせないで下さいよ、怪我でもして価値が下がったらどうするんですか」


「あぁわりぃわりぃ、世間を知らねぇガキおちょくんのが面白くてよ」



 テゴンと呼ばれた無精髭の男の隣、ちょうど窓からは見えない位置から別の男の声がした。



「おい、俺が怒られるんだからこれ以上暴れるんじゃねえぞ」



 再びテゴンからどの口が言っているんだという言葉が僕らに飛んでくるが、もう誰も何も言わなかった。


 捕えられた故郷のみんなを助ける為に旅に出たのに、今は自分たちが奴隷として売られる為にどこかへと運ばれている。

 そんな現実が、僕らの反論する気力すら奪っていった。




 数日後、馬車は大きな城門の前へと辿り着いた。

 検問を抜け、知らない街へと入っていく。

 道を挟むように並んでいる薄汚れた建物からは、品定めするような視線を感じる。



「おい、降りろ」



 嫌な視線を避けるように檻の角へと三人で身を寄せ十数分が経過した頃、馬車が止まりテゴンが馬車の後方部の鍵を開け、そう言ってくる。


 僕たちを逃がさない為に用意されたであろうこの居心地の悪い檻から、今は降りたくないという気持ちになっているのはどういった皮肉だろうか。



「おい、降りろって言ってんだろうが、聞こえねぇのか?」



 その僕らを威圧するような言葉に、ウルスが数回深呼吸をして降りて行った。

 その背中に勇気を貰い、僕とミアも覚悟を決め外に出ると、そこは高い塀に囲まれたどこかの庭だった。



 ここはどこかと辺りを見渡していると、男は僕ら三人を一本の鎖で繋いだ。

 無言でその鎖を引く男にバランスを崩しながらもなんとかついていくと、庭の中心に建つ大きな建物へと入っていく。


 男と共に薄暗い廊下を進み重そうな扉の前で止まると、いつのまにか一緒に歩いていた眼鏡の男がその扉を開いた。


 するとその部屋には、これでもかと全身に宝石のついたアクセサリーをつけた偉そうな男が座っていた。



「連れて参りました」



 馬車で聞こえたあの声で、眼鏡の男がその偉そうな男へと声をかける。

 偉そうな男は舐めるように僕らの全身を上から下まで見て、怪訝な顔で口を開いた。



「……混血じゃないか、最悪の時期だぞ」


「ん? オブセンさん、そりゃどういう意味だ?」



 機嫌の悪そうな声でそう言う男に無精髭の男テゴンが尋ねると、オブセンと呼ばれた男は大きくため息をついた。



「マルムで召喚された勇者が鬼の一族を捕えたらしい。そいつらが混血だったって事で縁起が悪いから、値が下がっているんだよ」



 『マルム』という聞いたことのある言葉を言いながら、オブセンは机の上にあった紙の束をこちらへと投げる。



【勇者、鬼の一族に勝利】



 僕らの目の前に落ちたその紙には、太い文字で書かれたその文字と、二枚の絵が見える。


 現実かと見紛う程に精巧なその絵の一つには一人の若い男が描かれ、そしてもう一方の絵には、見た事のある顔ぶれが鎖で繋がれて捕えられていた。



「「「……ッ!!」」」


「……おい、お前ら見覚えがあるのか?」



 それを見た僕ら三人が同時に息を呑んだ事に気づいたのか、テゴンがそう尋ねてくる。



「……いや、しらない。目の色が一緒だから驚いただけだよ」



 バレているとは分かりながらも、そう必死に誤魔化すとテゴンと目が合い、数秒そのまま睨み合う。



「……ハァ、なんにせよコイツらは安いぞ。今はスラムぐらいにしか売れないだろう」


「チッ……女だけどうにかならねぇか?」



 こちらを見ていたオブセンがため息を付きそう言うと、テゴンが不機嫌な顔をして返した。



「うぅむ……冒険者の所なら売れるかもな……ツテを当たってみる」


「分かった。頼んだぞ」



 悩んだ仕草をしたオブセンがそう言うと会話は終わったらしい、返事をしたテゴンに引かれ、僕らはまた別の場所へと連れていかれた。



 今の部屋でわかった事は二つある。


 一つは国を襲ったあのバケモノは勇者と呼ばれるあの若い人間族の男だという事。

 そし二つ目は、このままいけばミアだけ別の場所へと売られる可能性があることだ。


 しかし、拘束具のせいで魔術を使えない状況では逃げ出す事も、反撃する事も出来ない。

 絶望的な状況に体に力が入らず、世界が色を失ったように感じる。


 檻に入れられると、その薄暗い空間は僕の気持ちをより一層ドン底へと突き落とした。


 うざったいはずの拘束具は、今はミアとウルス二人との繋がりを感じられるわずかな心の支えにすらなっている。

 何かもわからない恐怖感に体が震え、それを抑えようと自分で自分を抱きしめて逃げるように檻の角へと体を寄せると、ひんやりとした鉄格子が少しだけ心地良かった。



「……おい!! 顔を上げろ!!」



 ウルスの声が聞こえ、胸ぐらを掴まれ無理やり体を起こされる。



「……もう無理だよ」



 胸ぐらを掴むウルスにそう言った次の瞬間、頬に強い衝撃を感じ、そのまま床へと倒れ込む。


 何が起きたのかと顔を上げると、ウルスが拳を握りしめてこちらを睨みつけていた。



「まだ生きてるだろうがッ!! 諦めんなよ!!!」


「でも……!」


「うるせぇ!! お前のおかげで旅が進んだんだ!! 地図も手に入らなかった!! むしろあのままボロボロの国でのたれ死んでたよ!!」



 反論しようとしても、ウルスはそれを遮り怒鳴る。



「そうだよレオ、私たちはあなたがいなきゃ助けようとすら出来てない」


「そんなこと……」


「信じられない?」



 ミアもそう言うけど、僕より強いこの二人が、僕がいないだけで旅が出来ていないなんてことは考えもしなかったし、その言葉を信じる事なんて出来ない。


 返答に困り黙っていると、ミアがもう一度口を開く。



「……自分を信じてなんて今更言わない。レオを頼りにしてる私とウルスを信じて欲しい」



 こちらを見つめながらそう言うミアに、それを否定する言葉は出てこなかった。

 ウルスの方を見ると、その表情は怒りよりも悲しそうに見えた。



「……ごめん」


「……いや、俺も殴っちまってすまねぇ。口大丈夫か?」


「大丈夫だよ、ちょっと切っただけ」


「ウルスは本気で殴りすぎ! ほらレオちょっと見せて」



 ミアが僕の口を見ようとして、顔にひんやりとした拘束具が触れた事が不快に感じた。

 どうやら僕はまだ諦められないらしい。


 二人と目を合わせると、優しい笑顔を向けてくれる。


 僕たちの心はまだ死んではいない。

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