第14話【あっけない結末】〈勇者視点〉


 数日山を進み、とある山の頂上に登りきったところで、円形の城壁に囲まれたカラフルな屋根が並ぶその街は、突然眼下に現れた。

 ここから見えるその街は、まるでただ平和に生きているだけで「戦力を蓄えている」という皇帝のあの言葉は嘘だったように感じる。


 しかしそれは攻撃を止める理由にはならない。

 それに俺の先生攻撃で戦う事を諦めてくれるなら、誰の命も奪わずに終わる事が出来る。



「行ってくる」


「健闘を祈ります」



 最悪の事態にならない事を祈りながら、俺は〈飛行〉の"魔術"を発動させた。

 魔石を握りしめ街の真上まで飛んでいき、一度大きく深呼吸をする。



 フォートにあらかじめ渡されている耳栓が機能してくれる事を祈りながら、魔石へと魔力を流しこむ。



 すると手に持つ程度の距離ではもう何を言っているか分からない程の爆音が流れ出し、耳栓が無ければ気絶していそうなほどの音の波が皮膚をビリビリと刺激してくる。

 三十秒程経ち、魔石が音を吐き出し終わったのを見計らい、城門へと魔力を放出する。


 光線が城門を差し、一瞬の間を置いて爆発したのを見て、誰も巻き込まれていない事を願った。



(確認はちゃんとしたはず……大丈夫だ……続けろ俺!!)



 反撃してくる様子もなく逃げ惑っている人影を、牧羊犬が上手く羊を追い込むように、街の中心に上手く”魔術”で誘導していく。

 ここから見えるすべての人影が街の中心へと集まった時、既に空から見るその街は焦土と化していた。


 自分の周りにも黒煙が立ち上り、それが陽の光を遮り心まで暗く沈み込んだような気分だ。

 胃から込み上げてくる物を必死に飲み込み、目の前の現実から逃げないように目に焼き付ける。


 銀色の兵士たちが街を取り囲むのが見え、彼らがその輪を縮めて行くのに合わせて高度を下げていく。



 その時、この世の物とは思えない雄叫びが響き渡った。

 その音に兵士たちの列が崩れ、空に漂っていた黒い煙もどこかへと流れていく。

 音のした方角を見ると、ファンタジー物だったらラスボスになるであろう見た目のドラゴンがこちらを睨んでいる。



「あんなのもいるのか……!?」



 "魔術"や大きな魔導船、力を込めると音が鳴る石。

 数々のファンタジーをこの目で見て来た後でもドラゴンには驚きを隠せない。


 声だけでその強さが分かるドラゴンへと、一か八か手をかざし、魔力を放つ。



 その魔力は一筋の光線となりその大きな体を貫いた。

 一瞬の静寂とその後に響き渡る爆発音、山肌に上がった土煙が晴れると、ドラゴンは消滅していた。



「……え?」


「「「ウォォォォォォォォォオオオ!!!」」」



 余りのあっけなさに目の前の現実を疑う俺とは裏腹に、山脈の中に兵士たちの歓声が響き渡り、太陽の光が彼らの鎧を照らす。



 (なにはともあれ、作戦成功か……)



 鬼と呼ばれる者たちも上から見える限り反撃する様子はなく、次々と兵士たちにより鎖で繋がれていく。

 彼らのそのさまざまな感情が入り混じった視線に耐え切れず、俺は少し離れた場所へと腰を下ろした。



(皇帝は嘘をついていたんだろうな……)



 さすがに目の前の彼らを見て、人間に戦争を仕掛けようとしていていたとは思えない。

 何も知らずにいきなりこの地に現れた俺に、ただ平和に生きていた彼らの日常は奪われたと思うと頭が痛くなってくる。



「勇者様!! お疲れさまでした!! お先に一杯どうぞ!」



 憂鬱な気分に下を向いていると、兵士がそう言いながら嬉しそうに木製のコップを持ってきた。

 それを受け取るが、飲む気にはなれずに中に入った酒の水面をただ眺める。



「どうされました?」



 顔を上げると心配そうにその兵士が覗きこんできていて、その不安そうな表情が俺にルミエールの事を思い出させる。


(そうだ、喜ぶ人もいる。仕方のない事だったんだ……いきなりこの世界に来て、指示されたことを自分が生きる為にやったまでだ。こんなことで罪悪感なんか持つ必要はない)



 そう思いカップの中身を一気に飲み干す。

 中に入っていたアルコール度数の高い酒が喉を焼く痛みが、苦しみまで飲み干せと言っているように感じていた。




 それから数日後、俺たちは再びいくつかの山を越え、ようやく物資部隊との合流地点へと辿り着いてた。

 適当な場所へと荷物を下ろし、その場に座る。



「タケル様!! おかえりなさいませ!!!」


 

 しばらく作戦の成功と再開を祝う兵士たちを眺めていると、歓迎の言葉と共に、ルミエールに後ろから勢いよく抱きつかれる。



「ルミエール、ただい……ァハハハハッ!!」



  顔を見ると、そんなにも不安だったのか涙目のルミエールが見え、その必死な顔に笑ってしまった。



「な、なんで笑うんですか!」


「いやごめんごめん。……無事成功したよ」



 笑われた事に不満そうなルミエールに、改めて成功を伝える。



「やっぱりタケル様は凄いです!! あちらに馬車を用意しておりますので、ゆっくり休んでください!!!」



 ルミエールに荷物を運んでもらい、馬車へと乗り込む。

 その中でしばらく寛いでいると、どうやらいつの間にか宴が始まっているようだった。



「タケル様も兵士たちと一緒に楽しまれますか?」


「いや、ここで眺めるだけでいいよ」



 焚き火を囲み、酒を飲みながらはしゃぐ兵士たちに混ざっても気を遣われるだけだろう。

 何よりあの体育会系のテンションに着いていける気もしない。



「では、お料理と飲み物をお待ちしますね」



 そう言いながら走っていくルミエールの後ろ姿に、平和な世界に戻ってきたという実感が湧いてくる。

 緊張で張り詰めていた心の糸が解けていく。


 瞼が重く感じ、目を開けていられない。

 兵士たちが騒ぐ喧騒の中、俺はいつの間にか眠ってしまっていた。




 馬車が凸凹した地面を走るその揺れで目が覚める。

 どのくらい寝ていたのかはわからないが、頭がボーッとして少し痛むあたり随分長い間寝てしまっていたらしい。


 重い体を起こそうとすると、隣から体を支えられた。



「タケル様! 目が覚めたんですね!!」



 嬉しそうにそう言うルミエールは、近くにあった水筒に手を伸ばし渡してくる。

 それを一口飲んだ時に、自分の口がカラカラに乾いていたことに気づいた。

 冷やされてもいない水がやけに美味く感じる。



「……俺はどのぐらい寝ていたんだ?」


「三日ほどです。 医療部隊の兵士によると疲労の蓄積によるものだろうと言っていました」



 確かに前の世界の人生を合わしても初めての経験である馬車や船での長旅に加えて、その目的が戦う事だなんて初めてだ。



(そりゃあ疲労も溜まるだろうな……)



 フゥ、と一息つき外を見る。

 俺に気付いた兵士達も声を上げて喜んでくれた。

 兵士たちに手を振り、もう一度馬車の中で寝転ぶ。



「帰りも長旅か……」



 そう呟くと、ルミエールがニヤニヤと笑ってこちらを見ている。



「なんだニヤニヤして」


「タケル様、帰りは行きよりも早いのです!」


「……ん?なんでだ?」


(帰りも特に道は変わらないはずだけど)



 そう考えていると、ルミエールが説明してくれる。



「海辺の街で捕らえた鬼たちを奴隷登録するのに時間がかかるので、タケル様をお待たせする訳には行かないと少しの兵士を馬車に乗せて一足先に帰れる予定になっております!!」


「へー、それはありがたいな」


「船も高速艇になるので、半分くらいの時間で海も渡れます!」



 確かに人数が少なければ徒歩移動じゃなくなり早くなるだろう。

 しかし高速艇と聞いて小さな船を想像し、船酔いが今から既に不安だ。



「船は小さいのか?」


「乗ってきた物よりは小さいですが、快適に過ごせるらしいですよ。私もみた事はないので噂程度の話ですが」



(この世界のことだから揺れを軽減する便利な"魔術"でも付いているのだろうか)



 と考えて無理やり納得したその十数日後、船を目の前にした時は驚きすぎて声が出なかった。


 その船は映画で見た海賊船ぐらいのサイズで、甲板が広く確かに快適そうだ。

 しかし俺が驚いたのはその見た目ではなく、その船が海に浮かずに文字通り宙に浮いている事だった。



「なんだこれ……」


「〈浮遊〉の"魔術"がかけられているそうです。凄いですね……」



 目の前のファンタジーに空いた口が塞がらない。

 船が出発すると、揺れなど1ミリも感じる事はなく船酔いなんて物は絶対になり得ない事を理解した。



「勇者様! あまり乗り出さないでくださいね!! 振り落とされたら危険です!!!」



 船の端でその速さが押しのける風を浴びて遊んでいると、護衛兼操縦担当のポートにそう声をかけられた。

 確かにこの速度の船から落ちてしまうと一瞬でどこに行ったかわからなくなるだろう、船から出すのは手までにしておいた方が良さそうだ。



 この船にはポートを含め十人の兵士とルミエール、そして俺が乗船している。

 兵士たちはみんな気さくで、気を使う事なく旅路を楽しめそうだ。



「タケル様、お茶が入りましたよ」



 ルミエールがそう言い、温かいお茶を手渡してくる。

 兵士たちの分も淹れたようで、カートに乗せたカップを彼らの元へと持っていく。



「俺たちまで良いんですか!?」


「母ちゃんが淹れたお茶の100倍ウメェな!」


「ハハッ、間違いねぇ」



 荒っぽい言葉遣いだが、堅苦しく断るような兵士じゃなくて良かった。

 ルミエールも彼らと談笑して楽しんでいるようで、戦いに行った事は忘れて旅行気分のようだ。



 夜になり、俺とルミエールは船の内部に格納された馬車の中で眠るようで、二人で馬車へと乗り込んだ。

 二人で横になるが、彼女が横で寝ている事が気になりなかなか寝付けずにいると、寝たと思っていた彼女に声をかけられる。



「タケル様、寝られましたか?」


「……起きてるぞ」


「……く、くっついて寝てもいい……です……か……?」


「……ッ!?」


 

 いきなりされたその予想外の申し出に驚き、目を見開いて彼女の方を見る。



「す、すみません変な事を言って……」


「いや……良いけど……どうしたんだ?」


「少しだけ寒くて……」



 そう言いながら息を当てて温めようとしているその手を触ってみると、確かに冷たい。

 地上にいた時よりも海上にいる今は気温が低いのだろう、緊張でそれどころではなかったけど確かに少し寒いことに気がついた。



「……大丈夫か?」


「い、いやそこまででは無いんですけど! 迷惑ですよね忘れて下さい!!」



 そう言うと彼女は俺と逆側に寝返りを打ち、さらに距離が離れる。

 いきなり空いたスペースに空気が流れ、余計に寒くなる。



 数秒考えた俺は、勇気を出して彼女を後ろから抱きしめた。



「だ、だだだ大丈夫です! すみません!!」


「いや……今離れたら俺も寒い」



 自分の心臓の音がバクバクと聞こえ、それのせいかルミエールのおかげか分からないが体が熱くなってきた。

 彼女の冷たい手を上から握ると、段々と体温が移り暖かくなっていくのを感じる。



「……ありがとうございます」


「……いいよ」



 煩悩が刺激されないわけでは無いが、彼女の温もりにだんだんと眠気がおしよせてくる。



「おやすみ」


「……おやすみなさい、タケル様」



 それだけ伝えると、俺の意識は彼女の返事を聞く前に夢の中へと旅立った。

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