第7話【混血】
目が覚めリビングへ向かうと、シエリさんはもう既に起きていて朝食の準備をしてくれていた。
「おはようございます。何か手伝えることはありますか?」
「そんな気を使わなくてもいいのよ、井戸で顔でも洗ってらっしゃい」
朝の挨拶と手伝いを申し出るが、彼女は優しくそれを拒否する。
裏の井戸へと向かい顔を洗って背伸びをすると、空には雲一つない青空が広がっていた。
家に戻ると机の上にはパンに目玉焼き、ベーコンに紅茶と豪華な朝食が並べられていた。
「みんなまだ起きないから、先に食べちゃおっか」
シエリさんにそう言われ、席に着き食事をいただく事にする。
温かい食事に舌鼓を打っていると、ウルスとエールさんが起きてきた。二人とも僕と同じようにシエリさんに促され、井戸へと向かっていく。
二人が戻ってくる前に僕と彼女は食べ終わり、皿をキッチンの方へと運ぶ。
皿洗いを手伝おうとしたが「あの人たちの分もいっぺんにやった方が楽だから」と言われ、ミアの様子を見に行くことにした。
部屋に入ると昨日と同じように寝息を立てながら寝ているミアは、外で寝ていた時とは打って変わってどこか安心した顔に見える。
「まだ薬は飲めてないんだってよ」
しばらくミアを見ていると、後ろからいつの間にか食事を終えたらしいウルスにそう声をかけられる。
「そうなんだ、早く良くなってほしいね」
そう返事を返し、エールさんに話をしようとリビングへ向かう。
お茶を飲んでいるエールさんの前に座り、昨日言えなかった自分たちの話を切り出すことにした。
「エールさん、昨日の話なんですが……」
そう話し出すとカップを口につけていたエールさんはこっちに手のひらを向け、少し待ってほしいというジェスチャーをする。
そしてそのままカップをグイッと傾け、一気にお茶を飲みほした。
「ゴホッ……すまないね、シエリも聞いた方が良いかと思って。おーいシエリ、時間あるかい? 話したいってさ」
「ちょっと待ってね~」
一気飲みをした事に咽せるエールさんはそう言った。
確かにシエリさんにも聞いてもらった方が良いだろう。
彼女を待つ間にエールさんはカップにおかわりを注ぎ、僕らにも新しいカップを出して紅茶を注いでくれる。
「これでも飲んで待ってようか、にしても今日はいい天気だね」
「ありがとうございます」
エールさんが淹れてくれた紅茶を口に含み、彼の視線の先にある窓の外の景色を見る。
(確かにいい天気だ、こんな旅の途中でなければもっと清々しい朝になったんだろうな)
そんな事を考えながら紅茶の香りを楽しんでいると、シエリさんが用事を済ませてテーブルへとやってきた。
「どうしたんだい?」
シエリさんに尋ねられ、話し出そうとするが緊張して口が渇いてうまく言葉が出ない。紅茶を一口飲んで潤し、話を始める。
「僕達がなぜ旅をしているのか、話しておいた方が良いと思ったので聞いてくれますか?」
「勿論さ、ゆっくりでいいからね」
「そうさ、言えることだけで良いからね」
二人の優しい返答がこれまでの事を話す事に背中を押してくれる。
僕は住んでいた国が人間族に襲われたこと、残された手紙に書いてあったこと、ここまでの旅の道中の話を包み隠さず二人に話した。
話し終わるとシエリさんは涙を流していて、エールさんは優しい顔で彼女の背中をさすっているが、どこかに怒りを含んだような目をしている。
「ここまでよく頑張ってきたねぇ。いても立っても居られないとは思うけど、今はこの家でゆっくり休みなさい」
涙を流しながら僕の手をやさしく包み込んだシエリさんがそう言ってくれるが、ミアが回復するまでの間、何もしないわけにもいかない。
「そんなわけにはいきません、僕たちは狩りが出来ます。この家にお肉を持ってくるので、少しだけ素材を貰ってもいいですか?」
元々この森では素材を集めるために数日は滞在する予定だった。
屋根を貸してくれたこの家族にもお礼として素材を渡し、一部だけでも貰えれば後々の時間短縮にもなる。
「少しだけとは言わず君たちが狩ったものは全部持って行きなさい。私たちには人族のお金は必要ないからね」
「……ッ! それは悪いです!」
「なら君たちが狩った獣の肉をみんなで食べよう。僕はそこまで狩りが上手じゃなくて二人にたくさんの肉を食べさせられないんだ、それなら君たちも納得できるかい?」
「……ありがとうございます」
優しすぎる提案に反論してみるが、上手く丸め込まれた気がする。
これ以上食い下がってもこの二人は納得してくれないだろう、せめて僕たちが滞在している間に備蓄できる分まで大量の肉を狩れるように頑張ろう。
そう思いながらお礼を言う。
「”獣人仲間”として少しでも君たちの力になりたいんだ。このままここに住んでくれたっていいんだよ」
「……え?」
エールさんの”獣人仲間”という部分がよく分からず、思わず声が出た。
「ん?君たちが望むのなら本当に住んでもいいんだよ?」
「いえ……その部分ではなく……」
「……ん? 君たちは獣人だろう? 昨日”スキル”も使っていたじゃないか」
「すみません……両親から僕たちは”亜人族”だと聞いていて……それに昨日のは”魔術”と呼んでいます」
両親が嘘をついていたとは思いたくないが、エールさんの話す内容は親から聞いた内容とは違う。
困惑しながら両親にされた説明を伝えると、目の前の二人は目を丸くして顔を見合わせた後こちらに視線を戻し、数秒後エールさんが何かに納得したように小さく「そうか……」と呟いた。
「レオ君、亜人族というのはね、人間族以外のすべての種族を指して言われる言葉なんだ。君達はその赤い瞳から察するに、混血の一族だから君の両親は亜人族と言っていたんだろう」
「目が赤い事は混血の特徴なんですか?」
「そうだね、人間族と獣人なら勿論、獣人同士でも種族の垣根を超えたところに生まれる子供は赤い瞳を持つと言われている。……これを人間族に襲われた君たちに教えるのは酷かもしれないが、君たちは特徴的な耳や牙もないようだし、”魔術”と呼んでいるのは人間族の血も入っているのかもしれないね」
今まで敵と認識していた人間族の血が入っているのかもしれないと考えると複雑な気持ちだが、両親や街のみんなが嘘をついていたのではないことにまずは安心する。
「”スキル”と”魔術”はどう違うんですか?」
「”魔術”は人間族が使う能力だよ、彼らは単体で何種類もの”魔術”を使う。”スキル”は獣人が使う能力の呼び名だね、こっちは一人一種類しか能力を持たないから別の呼び名を付けられたらしい」
僕たちも一人一種類の魔術しか使えないので、外界に合わせるなら”スキル”と呼んだ方が適切になりそうだ。
人間族が一族に混ざっていた頃にそう呼んでいた名残なのだろうか、僕らの常識は外の世界とは少し違うらしい。
(なんにせよ今後は”スキル”と呼んだ方が良さそうだ)
そう考えながら頭の中でここまでの話を振り返る。
赤い目は混血の証という事、自分の能力の呼び方、外で普通に暮らしていれば知っているはずの常識的な部分さえ、今の今まで知らなかった。
森の中で過ごしてきた自分たちにとっては当たり前ではあるが、外界にはまだまだ知らないことが多すぎる。
「エールさんシエリさん、ミアが回復するまでの間だけでいいので、僕らに常識を教えてくれませんか?」
屋根を貸してもらい、更に食事まで世話をしてくれたこの二人にこんな事を頼むのは申し訳ないが、学べるうちに学んでおかないと後々絶対に苦労する。
厚かましい事は重々承知で頼み込んでみると、優しい二人は笑顔で快諾してくれた。
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